購入欲解放
あの日……。
チェインのグループトーク内でガノが転売問題に関する演説をして以来、モギも自分なりに市場調査というものを行ってきた。
いや、市場調査などというのは、大げさな言い方か……。
要するに、出先のオモチャ屋や家電量販店のホビーコーナーなどで、Gプラの店頭在庫を確認したのである。
その、結果はといえば、
――悲惨。
……の、ひと言に尽きるだろう。
近頃は少しばかり回復してきたが、ともかく、量も種類も貧弱の二文字で表すしかない。
モギにとって馴染み深いコンビニのパンコーナーで例えるならば、あんパンとやきそばパンとカレーパンくらいしかない上に、それぞれ在庫が一つや二つしかないようなものだ。
これでは、商売上がったりにちがいないし、それを求める消費者にとってもたまったものではないだろう。
だから、メーカー直売なだけあり、ガノいわく
しかしながら、あえて言おう……。
「ここでGプラを買って帰るだけなのは、大バカだな」
「その通り!
あえて言いましょう! カスであると!」
ベース内を一通り回り……。
青と白の落ち着いた配色が美しい、初代主役機Gベースカラー像の前に立ちながら、二人でそんなことを言い合った。
あの美麗なボックスアートが、いかにして作られてるかを解説した展示……。
静岡にあるという、B社のホビーセンターを再現したジオラマ……。
モギにとっては――記憶があやふやとはいえ――懐かしい、三世代に渡る戦いを描いた作品の全機体について解説した展示……。
実物の成形機や金型の展示……。
金型を掘る職人が自作したという工具類には、ガノが目を輝かせたものだ。
Gプラに関する展示を離れたところでは、ベース内のアパレルショップも、キャラクター商品とは思えぬデザイン性の良さと、目を剥くほどの価格に驚かされたものであった。
いずれも、時間を忘れて楽しめる内容であり……。
ふと時計を見やれば、三時間近くも経過してしまっている。
「あえて文句を付けるなら、休憩スペースがないことくらいかな。
自販機と椅子でもあると、もう少し落ち着けるんだけど」
「あー、いいですねえ。
武士道を心に抱き、自販機の前に佇みたいです」
「武士道を心に抱く必要あるの?
……まあ、ともかく。
休憩が視野に入ってきたところで、そろそろお買い物タイムにしようか?」
「あー、それなんですけども……」
モギの予想では、バーゲンセールへ突入する主婦のごとき形相を見せると思っていたのだが……。
意外にも、ガノは少々乗り気ではなさそうな様子を見せた。
――何か悪いものでも食べたのか?
――かけうどんしか食べてないはずだが。
心配していると、彼女はGプラの売り場を見ながらとつとつと語り始めたのである。
「実は、各コーナーを回りがてら目ざとくラインナップをチェックしていたのですが……。
すでに持っている商品か、キタコ的にはあまり響かないスケルトンモデルばかりなものでして……」
「そうなのか?」
「実際に、売り場を見て回りながら話しましょうか」
ガノの提案にうなずき、先ほどまでスルーしていた売り場の方を巡り始めた。
まずは、限定ではない一般商品が並ぶコーナー。
各作品ごとに商品がまとめられた中を、二人で練り歩く。
すると、すぐにあることへ気づいた。
「ズラッと並んでるから豊富な商品ラインナップに見えるけど、よくよく見ると商品数はともかく、種類はそこまで多くないな。
しかも、さっき見た……旧キットだっけ?
それもやたらと多く感じる」
そうなのである。
これだけ登場してきた機体が多いシリーズであるのだから、さぞかし様々なプラモが存在するのだろうと思っていたのだが……。
下手をすれば、二種類のボックスアートばかりがズラリと並んでいる商品棚も見受けられた。
「ガノ、これは?」
「彼らを大別すると、三つに分けられます……」
尋ねるモギに対し、ガノはおごそかに騙り始める。
「一つは、人気があるために大量生産し在庫が豊富な商品……。
もう一つは、単純に人気がない商品……。
最後の一つは、たまたま再生産が今日に重なった商品です」
「人気がない……」
そこで、ふと旧キットの数々へ目をやった。
なんともレトロな雰囲気の漂う、
それがこれだけ豊富なのは、ここがGベースであるゆえだろうと思っていた。
しかし、先の話と合わせると……。
「はい、この子たちはフォルムなどはともかくとして、とにかく作る敷居の高い旧キット……。
ゆえに、在庫が比較的潤沢なのです」
「敷居の高さか……。
そういえば、おじさんが
……ふむ」
決断し、1/100スケールと表記された旧キットの一つを手に取る。
「これ、どういう機体なんだ?」
「あー……。
最初のテレビシリーズにおいて、追い込まれた公国軍が戦争末期に投入した機体ですね。
ベテランの機種転換が間に合わず、学徒動員の新兵などが登場せざるを得なかったことから、その高い性能を活かせなかった不遇の名機です」
「この売り場だけでなく、設定でも不遇なのか……はは!
――いいだろう!」
「買うんですか?」
意外そうにこちらを見るガノに、うなずいてみせた。
「ある意味、今日ここで買うにはふさわしいだろう?」
「ですが……その……。
さっきも言った通り、初心者が作るのはすご~~~~~く! 敷居が高いですよ?」
すごく、の部分をこれでもかと強調して伸ばしながら、彼女が上目遣いに覗き込んでくる。
「そうだが、君が作り方を教えてくれればなんとかなるだろ?」
それに対し、何気なくそう告げると途端に彼女の顔が輝いた。
「そうですね!
旧キットに必須なのは、接着剤の使用――すなわち合わせ目消しの技術! ならびに塗装技術!
EGを作り、RGも作った今……モギ君が新たなステップへ踏み出すには、ある意味ちょうど良いといえるかもしれません!
「そうか、塗装もか。
接着剤のことはともかく、そっちまでは考えが及んでなかったな。
それもやっぱり難しいんだろうか?」
「いえいえ、難しく考える必要はありませんよ!
――あ、そうだ! こっちです!」
ガノにうながされ、売り場の目立たぬ所に設置されたショーケースへ向かう。
――塗ろう! Gプラ!
そこには、そう書かれた札と共に同一の機体がいくつも陳列されていた。
ただし、いずれも装甲部の色味がやや異なっており、中には色の種類と組み合わせそのものがちがうものも見受けられる。
「へぇ~、これ塗装の種類と実例を展示しているのか?
書かれてる感じだと、このマーカーエアブラシシステムっていうのが一番手ごろなのか?」
「本当はそうなんですが、今回は全体塗装の上に組、み上げた後の分割ができない旧キットですから……。
ここはひとつ! 当時の子供たちと同じように、筆塗りでの塗装をやってみてはどうでしょうか!?」
「なるほど。
イメージ的にも、いかにも入門って感じするしな!」
「そうと決まれば、合わせて塗料や筆も買っちゃいませんか?
塗料とひと口に言っても、これがなかなか種類豊富なんです!」
そう言いながら、はりきったガノが商品棚を漁り始めた。
テンションが上がっているのは……いや、疑うのはよそう。
自分が、旧キットの作り方を教えて欲しいと言ったからだ。
――でもな、ガノ。
――おや、自分用にも結構塗料買い込んでるね?
――俺は別に、教わる必要が。
――なんのかんの言ってたけど、目ざとくクリアカラーの限定品っぽいのもカゴに放り込んでるね?
――えっと、なんだっけ?
――そう、君に教わることがなくなったとしても。
――そのバカでかい箱のも買うのかい? 直径一メートルくらいあるけど?
購買欲というものは、食欲に似ている。
あまりお腹が減ってないと感じていても、ひと口食べれば次が欲しくなるように……。
最初、買い物に乗り気でなかったとしても、一つ商品を手に取れば次から次へと買いたくなってしまうところがだ。
そのようなわけで……。
ガノはなんやかんや、Gベースが設けた購入制限限界までプラモやその他消耗品を買い込んだのである。
というか、頼み込まれたのでモギ自身の購入枠も使い、彼女が欲しいプラモを代理購入した。
あなた、いつだかチェインで、過度な買い込みはよくないと言ってましたよね?
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