過去と未来
入り口部分を抜けた先は、歴代のGプラが展示される博物館めいた光景となっており……。
Gプラの歴史と変転が、モギのごとき初心者にも分かりやすく伝わるようになっていた。
「おお、これが最初に発売されたGプラか……。
こう、なんというかいかにも昭和のオモチャって感じのラインしてるんだな。
鑑定団で見た超合金のロボットみたいだ。
色もないし、こないだ組んだEGと比べると進化具合がよく分かるな」
「デザインの大味さは、さすがに時代というものを感じますねえ。
ですが、それは現代の目線で見た場合の話!
大切なのは、一九八〇年にこれを発売したということですよ!」
二人がさっそく足を止めたのは、最初に発売されたという初代主役機とライバル機の展示されたケースである。
「いみじくも、先ほどモギ君が言ったように、当時のロボット玩具はみんなこのようなデザインラインをしていました……。
それが何を意味するか! モギ君、このキットのお値段が分かりますか?」
「そうだなあ……。
今とは物価がちがうだろうけど、それを加味しても七百円くらいか?」
早くもヒートアップし、ケース内のGプラを指差す彼女に思案しながらそう答えた。
果たして、正解は……。
「残念ながら、不正解です。
正解は、ずばり三百円!」
「さんっ!?」
その言葉には、驚く他ない。
確かに、現代とはあらゆる物価が……特にプラスチックの原価が大きく異なるだろう。
それにしても、三百円というのは……!
「遠足のおやつと同じ感覚で買えちまうのか!
それで、色こそ付いてないけど当時売ってた他のロボットおもちゃと同等のフォルム……。
なるほど。そりゃ、子供に受けるな!」
「その通り!」
ビシリと人差し指を突き立てたガノが、うなずいてみせる。
「キタコたちにとって、一九八〇年というのは下手をすれば祖父母の世代……。
ですので、これは推測に過ぎません。
しかしながら、当時にGプラがウケたのは、模型商品としての魅力もさることながら、価格設定も大きかったのではないでしょうか!?」
「コンビニ経営者の息子としては、うなずくしかない仮説だな。
やっぱ、価格って大事だもん。
最近じゃ、うちが加盟しているフランチャイズチェーンも、時間に応じて値下げしたりとかしてるし」
ケース内の完成品を見ながら、モギもまたしきりにうなずく。
「それに、見た感じEGと比べてもパーツ数が少なくて、いかにも子供が作りやすそうだしな!」
「あー……それは」
そう言うと、途端に言葉を詰まらせるガノである。
「確かに、これはパーツ数が少ないし、組み上げる工程も簡単なんですが……。
いかんせん、当時の旧キットなので組み立てに接着剤が必要なんですよね。
ですので、難易度はEGと比べ物にならないくらい高いです。
綺麗に仕上げるためには、ヤスリがけなどの工程も必要ですし、何より接着剤がプラスチックを溶解させるまでの根気もいりますから」
「接着剤って、瞬間接着剤とかじゃないのか?」
「詳しくはいずれ説明しますが、模型用の接着剤というのは、プラスチックを溶かし合わせて結合させる仕組みなんです。
キタコの家に飾られてたプラモ、合わせ目が消されてたのは気づきましたか?
あれは、そうやってパーツ同士を溶かし合わせたから、合わせ目の線がなかったんですね」
「言われてみれば……」
彼女の家に飾られていたプラモは、いずれも……それこそさっき見た等身大立像のように、パーツ同士の組み合わさってできる線が存在しなかった。
あれは、それほどの手間をかけて消していたのか……!
「なるほど、昔の子供は根気強かったんだなあ」
「まあ、瞬間接着剤でガシガシ作っちゃった子供も多いとは思いますが……。
以前にも説明しましたが、接着剤なしで組み上げられる模型を作ったのは、B社の革新的な試みだったのです!」
「どんな商品でもそうだけど、多大な企業努力の末に今売られてる商品があるってことか」
彼女と共に歩む展示ブースは、まさしくB社がこれまでしてきた企業努力の歴史でもあった。
年を追うごとに、パーツごとの色分けがされるようになっていき、接着剤も不要になっていくが……。
一九九〇年代後半くらいまでは、まだまだ色分けが甘く、シールに頼る部分大である。
それが、ガノ家でも見かけたMGの登場によりグッと完成度を高め、二〇〇〇年を超え新世紀を迎えると、それ以下のスケールもさらに完成度を高めていき……。
二〇一〇年を超えると、もはやホビーの域を超え、芸術と称してよい領域へと昇華されていた。
――上野の博物館でも、ここまで熱を入れて鑑賞したことはあるかどうか。
彼女と共に、展示されたGプラをじっくりと鑑賞していく。
中にはガノが製作した経験のあるキットも多く、彼女が語ってくれる製作時の思い出話や、機体そのものの設定語りもなかなかに興味深いものであった。
「いやあ、まだまだ入ってすぐの部分なのに、じっくり楽しんじゃいましたねえ」
「ガノが楽しんでくれたなら、何よりだ。
そもそも、今日ここへ来たのは君への感謝を伝えるためなんだからな」
「いや、はは……。
そう、面と向かって言われるとすごくむずがゆいですね」
そんな会話をしつつ、『Gプラの歴史』とでも称すべき展示ブースを抜ける。
その先に広がっていたのは、広大な店内スペースを大胆に活用した空間だった。
天井付近の壁には、Gプラの概要について解説したプロジェクターが投影されており……。
その真下には、ネット配信へ用いるのだろうライブブースが設けられている。
とりわけ客入りが多いのは、限定品販売コーナーという看板が下げられた一画で、そこには先日組み上げたRGと同じような色合いのパッケージがズラリと並んでいた。
と、その空間へ足を踏み入れる前に足を止める。
「へえ……。
これが、以前の話にも出てきたリサイクル品かあ」
モギが足を止めた展示ブース内に陳列されていたのは、黒一色で成形されたGプラたちであった。
「
でも、こういう試みを見ると応援したくなるよな」
「ふっふっふ……。
どんどん応援しちゃいましょう!
実はキタコ、この時のために用意しておいたものがあるんです!
モギ君、ちょっと付いてきてください!」
「ん? おお……」
彼女にうながされ、限定品販売コーナーの向こう側へと歩みを進める。
そこに、存在したのは……。
「ランナー回収ボックス!
これ、アキバにあるって言ってたやつだよな?
ここにもあったのか……というか、そりゃあるに決まってるか」
「ふふ……。
そして、ここに用意したのは――じゃん!」
手にしていたカゴバッグから、彼女がそれを取り出す。
「おお、ランナー!
しかも、こないだ作ったRGのやつじゃないか!
それと、最初に作ったEGのやつもあるな!」
「他にも、キタコが組んだキットのもたくさんありますけどね……。
せっかくなので、一緒に供養しようと思い用意させて頂きました!」
彼女が差し出してくれたそれを、手に取る。
ガサリと音を立てて、手の上で重なったランナーたち……。
そこにはもう、一片のパーツも残ってはいない。
ただ、二人でGプラを組み立てたあの時間……。
思い出の
「ここに入れたランナーが、先ほど見たリサイクルモデルや、あるいは観光地に飾られているモニュメントへ生まれ変わるんです!」
「不要になったランナーが……。
過去になった思い出が、新しいプラモとかへ生まれ変わるのか。
なんだか、さっきの展示を思い出すな」
「ええ、Gプラは過去から未来へと、常に歩み続けていくんです!」
うなずき合い、彼女と共に不要ランナーを回収口へ放り込んでいく。
回収ボックスの上へ設置されたマスコット人形が、色々と語りかけてくれるのも面白かった。
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