一九九四年連載開始
――Gプラというのはお刺身と一緒で、刃物の入れ方一つで完成度に大きくちがいが出るものなのです!
とは、先週にガノが言っていた言葉であったが、なるほど、本気で良い作品を作ろうと思いニッパーを扱うと、かなりの集中力が必要となる。
例え元の刺身でいくと、確か、板前が一人前となるには、およそ十年の修行が必要になるとか。
まあ、彼らの場合は刺身ばかり作っているわけではないから、総合としての話であろうが……それにしても、包丁修行の占める割合は大きいはずだ。
刃物の扱いというのは、それだけ長い修練が必要になるものであり、ズブの素人であるモギが神経をすり減らすことになるのは、ごくごく当然のことなのである。
救いは、家庭教師のごとく傍らへ立つガノが的確な指示を出してくれていることで、わざわざ指導してくれているという思いがなければ、すでに投げ出していたかもしれない。
いや、背中を押してくれているのは、彼女の他にもう一つ……。
「おおー、なんかこう、未来的な戦闘機だな!
ジョージ・ルーカスのSF映画に出てきそうだ!」
丁寧な二度切り処理を加えては、パーツの細かさに
ついに完成した戦闘機を手でかざしながら、感嘆の吐息を漏らす。
手の中にあるのは、X字状の羽がフレキシブルに稼働する戦闘機……。
チタニウムフィニッシュの名に恥じず、各パーツは翼の裏面に至るまでも金属的な光沢を放っており……。
先日組んだEGの玩具っぽさとは一味ちがう、高級感や実在性がそこに宿っていた。
しかも、クリアパーツを用いたコクピットは開閉可能であり、スイング可能なバーニアも内部に細かいモールドが彫られているのだ。
「おー……!」
コクピットを開閉させたり、翼やバーニアを動かしたりと、ひとしきりいじってみる。
「正直、これ単品で商品にしてもいいくらいカッコイイな」
「フフフ……これがRGのすごさですよ!」
腕組み師匠顔となったガノが、うむうむとうなずいてみせた。
「先日も言った通り、同じイッチョンチョンスケールのEGではファイター機構がオミットされていました。
対して! こちらは! それを完全再現!
しかも、こちらの機体は小型高性能化が進んだ時代の主役機なので、設定スケールで二メートルも全高が低いですからね!」
「あれよりもっと小さいのに、ギミックは豪華になってるわけか!
はー……作るのに苦労するわけだ」
そこまで言った、その時である。
――ぐうう。
……と、あまりに男らしい腹の音が響き渡ってしまった。
「あ、あはは……。
作り始めてから、かれこれ一時間は経ってますからね」
苦笑いを浮かべたガノが、頬をかきながらそう告げる。
「もうそんなに経ってるのか!?
EGだったら、完成しちまってる時間だな」
「丁寧にニッパーを使って組んでいけば、そのくらいの時間は経つものです。
ましてや、モギ君は初心者ですしね。
……と、そうだ!」
そこまで言ったガノが、パンと両手を打ち鳴らした。
「キタコ、こういうこともあろうかとちょっとした軽食を用意しておいたんです!
よかったら、少し休憩にしませんか?」
「え、いや、しかし……。
なんか悪――」
――ぐうう。
前回とちがい、別に荷物持ちをしたわけでもないから遠慮しようとしたモギであったが、胃袋の方は正直である。
こうなればもう、遠慮なくご馳走になる他になく……照れを隠すため、ぽりぽりと頭をかいた。
「……すまないな。
こんなに時間がかかるものだと知っていたら、俺の方でも途中で飲み物やおやつを買って来ていたんだが」
「いやあ、そんな大したもんでもないですから!
それじゃあ、ちょっとリビングに戻りましょうか!」
その提案に、一も二もなくうなずき……。
ひとまず、休憩する運びとなったのであった。
--
「――と、いうわけで!
キタコ特製! 軽く何か食べておけ! 軽くだぞ? と、無茶苦茶に念を押される時のサンドイッチです!」
「なんで、そんなに念を押されてるの?」
ガノが冷蔵庫から出してくれた料理……。
それは、喫茶店で出てきそうなきちりとしたサンドイッチのセットであった。
しかも、コーヒーメーカーで入れたホットコーヒー付きである。
「まあ、あまり食べ過ぎるとお茶の間に流せない映像となってしまうエピソードだったので」
「サンドイッチくらい、好きに食べさせてあげればいいと思うけどなあ」
「ちなみに、ガールフレンド的な存在が人質にされてピンチの状態でモグモグやってました」
「サンドイッチ食ってる場合じゃねえ!」
そんな会話を交わしながら、先週と同じように向かい合わせで席へ着く。
しかし、彼女の方は手を付けるつもりがないようで、自分用のコーヒーを手に頬杖をつきながらこちらを見つめていた。
「君は、食べないのか?」
「いや、はは……キタコは味見で食べちゃってますから。
それに、モギ君ならどうせお腹を減らすだろうと思って用意した品なので! 遠慮なく食べてください!」
「いや、ほんとごめんな。
……ああ、ちがうな。そうじゃない。
ありがとう、ガノ。遠慮なくいただくよ」
「あ、はは……」
正面でぽりぽりと頬をかくガノに感謝しながら、サンドイッチを手に取る。
ハムのものと卵のものがあったが、どちらも食べ慣れたそれとは異なる趣向が凝らされていた。
まず、ハムサンドイッチは一般的な物と異なり、ハムが何枚も重ねられて作られており、これは男心に嬉しい。
卵サンドの方は、具材として厚焼き卵を使っており……これも分厚く、食べごたえのある逸品であった。
「いや、ハムも卵も本当に美味しいよ。
サンドイッチなんて簡単な料理に思えるけど、やっぱり作った人の腕前ってやつが出るんだな」
普段飲んでいるインスタントのそれとは比べ物にならないコーヒーをすすりつつ、感謝の念と共に感想を漏らす。
「そう言ってもらえると、キタコも作った甲斐があります。
キタコは自分が眺めるだけで、完成したGプラの写真をSNSにアップしたりはしないんですけど……。
ああいうのをやる人たちも、こういう気持ちなのかなと作ってて思いました。
こう、誰かに喜んでもらおう、楽しんでもらおうと思って、腕を振るう感じというか……」
「俺の好みに合わせて作ってくれたってことか?
確かに、どっちも食べごたえ抜群ですごく美味かったな。
こう、軽食を越えた軽食というか……。
間違いなく、今まで食べたサンドイッチで一番美味かったぞ」
「いや、はは……。
モギ君ならこういうのが好きかなって、想像して作ったんですけど、狙い撃てていたのならよかった」
「あっはは!
ガノには、すっかり俺の好みを知られちまったな」
そんな会話を交わしながら、ふと思ったことを口にした。
「相手のことをよく知るっていえば……。
俺、今作ってる機体のことなんも知らないんだよな。何しろ、勘違いして選んだくらいだし。
説明書にはざっくりとしたことしか書いてなかったけど、あれはどんなお話に出てくる機体なんだ?」
その言葉を聞いた瞬間……。
ガノの両目が、輝いたように感じられた。
そして、次の瞬間……彼女はスマホを取り出しながら力強く叫んだのである。
「この瞬間を、待っていたんだーっ!」
「ガノ、急にどうした?」
問いかけるも、ガノの勢いは収まらない。
スマホをちょいちょいといじると、その画面をこちらに見せてきたのだ。
「これこそ! 今作ってる機体が、主役を務める作品です!」
「ん……んん……?」
それを見て、すぐに違和感へ気づき首をかしげる。
木星らしき星を背景に、ビームの剣を構えたマント姿はまぎれもなく今作っているプラモと同一の機体であったが……。
「漫画、だよな? これ。
アニメじゃなくて」
「そう――アニメじゃないんです!」
スマホと入れ替わりに顔面を急接近させたガノが、力強くそう言い放つ。
「重ねて言いますが、アニメじゃないんです! 本当のことなんです!」
「な、なるほど……そこまで強調するなら間違いなく、アニメじゃないんだな」
なんでそんなにアニメじゃないことを強調するのかは知らないが、あまりの剣幕にちょっと引きながらうなずく。
「X1は、長谷川裕一先生による漫画作品シリーズ……。
その第一期中盤までと、番外編、及び第二期の主役を務めた機体です!」
「あれ、第一期は全部じゃないんだ?」
「そこはまあ、ネタバレになっちゃうので詳しくは言えませんが……。
でもまあ、顔役であることにちがいはありません」
そこまで告げると、ガノはようやく元の位置へと落ち着いてくれた。
「さて、先ほどモギ君はこうおっしゃりました……。
『漫画ではなあ!』と」
「言ってないよ?」
「おっしゃる通り! かの作品シリーズはアニメ媒体が中心であり、日々、新作が制作されています。
しかし! 映像だけに留まらないのも、Gの魅力なのです!」
モギの言葉をガン無視し、ガノが口早にまくし立てる。
――これはあれだな。
――止まらないやつだな。
全てを察し悟りの境地へ達するが、それはそれとして出展作品のことは気になるので耳は傾けた。
「漫画で! 小説で! ゲームで! 果ては雑誌のフォトストーリーで!
様々に展開される作品群を立体に落とし込んでくれるのも、Gプラの魅力なのです!
……まあ、出典があんまりにもマイナーだったりすると、プレミアム送りになったりもするのですが」
「それで、さっき見せてくれた漫画……もう一度見せてもらっていいか?
俺も電子書籍でポチッとく」
「ええ! ぜひとも! ポチッちゃってください!」
ガノに見せてもらった画像を頼りに、スマホで大手電子書籍サイトへ検索をかける。
そして、表示された結果を見て……思わず手が止まった。
「なんか、いっぱいシリーズあるんだな。
ひのふの……五か六シリーズか?
これ、仮に全シリーズだと何冊くらいになるんだろう?」
「えーと……。
外伝も含めると、合計で三十六巻出てますね」
「三十六!?」
思わず手を止めてしまう。
何しろ、一冊六〇〇円だとしても二万円を軽く超えるのだ。
モギの小遣いでは、うかつに全巻購入などできない。
「何しろ、キタコたちの生まれる前から連載してますからね……月刊で」
「月刊!? 週刊じゃなくてか!?」
それもまた、驚きの言葉であった。
週刊連載ならば、それだけの巻数を重ねてる漫画はざらに存在する。
しかし、それを月刊連載でとは……。
「ふふふ……。
それだけ人気があるシリーズの、初代主役機が今作っているプラモなのですよ。
あ、X1の登場するシリーズだけなら全十冊ですよ。
最新シリーズでそっくりさんも出てきますが、間の話を飛ばすのはオススメしません」
「全十冊でもけっこうな出費だな……。
まあ、自分で言いだしたことだし、とりあえずそのくらいならなんとかなるか」
それでも、バイトなどをしてない高校生には足踏みしてしまう金額だ。
「機体に対する理解を深めたいなら、ちょっと手順違いではありますが……実際に自分で動かしてみるというのはどうですか?」
「実際に動かす?
完成品のプラモをいじらせてもらうってことか?」
「いえいえ、そうではありません」
そう言うと、ガノはリビングに置かれたテレビの方へ向かう。
しかし、お目当てだったのは、テレビが設置されたボードの中にある品だったようだ。
「――ゲームで! 動かしてみるんです!」
そう言いながら取り出したのは、PS4のコントローラーであった。
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