画野喜多子(ガノ キタコ)

 高校生時代の男子といえば、人生で最も食べ盛りな時期であり、ましてや、運動部に力を入れている私立番田ばんだ高校の男子生徒ともなれば何をか言わんやである。

 しかしながら、昼休みの時間……その男子生徒が机の上に広げた弁当の量と雑さは、抜きん出たものであった。


 一応は、日の丸弁当としての体裁を整えようとしているのか……ビッグサイズのタッパーに詰められた二合ほどの白米は、中央にちょこんと梅干しが乗せられている。

 おかずとして並べているのは、焼き鳥の缶詰め……。

 そして、封を開けないまま持ってきた和惣菜詰め合わせの冷凍食品であった。

 これは、冷凍された状態で常温に置くことで、ちょうど昼くらいには食べ頃の状態になるのだ。

 に、しても、本来ならば一パックずつ弁当のおかずなどにする商品であり、それを一袋そのまま持ってくるのはこの生徒くらいであろう。


「相変わらず、模木モギはよく食べるなあ……」


 向かい合わせでごく一般的な大きさの弁当箱を開ける友人にそう言われ、特大雑弁当の持ち主たる生徒は心外な顔をしてみせる。


「高木が食わなすぎなんじゃないか?

 バスケだって腹は減るだろう? そんな文庫本みたいな大きさの弁当で、よくもつもんだ」


「僕は燃費がいいんだ。

 それに、柔道をやってれば大食漢になるってわけじゃなくて、モギが個人的に大食らいなんだと思うよ?」


「そうは言うけど、これでも足りないくらいだぜ? 昨日測ったら、ちっと体重減っちまってたし。

 ウェイトはパワーだからな。気を付けねえと……」


 そう言って冷凍食品を開封し始めた生徒――模木モギ啓介ケイスケは、なるほど、柔道をやっていると言われればうなずく他にない容姿だ。

 肉付きは分厚く、たくましく……。

 顔つきには少年期特有の愛嬌が残されているものの、カッチリとスポーツ刈りに決められた黒髪がそれを相殺していた。


 対して、目の前で弁当を広げるバスケ部員――タカギは校則に違反しない程度の長さへ伸ばした髪を茶に染めた優男であるのだから、なかなか対照的な二人であるといえよう。


「んあ?

 ――量が多いって言えばさ」


「なんだい? またどこかデカ盛りのお店でも見つけたの?」


「いや、そうじゃねえんだ。

 こないだ、親戚のおじさんが亡くなって葬儀に行っただろ?」


「ああ……それは、うん、気の毒だね……」


 箸を持ちながら遠くを見る友人に、タカギはそう言って少し目を伏せた。


「いや、おじさんも覚悟してたからさ。それは仕方ないことだ……。

 で、その覚悟してたおじさんがさ、俺にちょっとした遺品を残しといてくれたんだよ。

 それが少しばかり、量が多くてさ」


「量が多いって、どのくらい?」


「なんと、引っ越し業者使って送ってきた。

 もう、部屋が一つパンパンだぜ」


「そりゃすごい……。

 それで、モノはなんなんだい?」


「あー、あれだよ。

 ほら、ロボットアニメのプラモデル。

 なんだったかな……そう……Gプラ!」


 モギがそう口にした、その時である。


 ――ヅダダダダダッ!


 ……と、教室中に響き渡るような足音を響かせながら、何者かが二人の席まで駆け寄ってきた。

 その勢いたるや、尋常なものではなく、まるで自らがゴーストファイターではないと証明しようとするかのようである。


「はうあっ!

 い、今! 今!

 ――Gプラと聞こえたのですか!?」


 足音の主が、教室中の視線を集めながら二人に……というより、モギにそう問いかけた。


「お、おお……そうだけど」


 距離が近い。あまりにも近い。

 わずか五センチほどの至近距離で顔を近づけてきたのは、同じクラスの……さりとてあまり交流がない女子である。


 明るい色に染め上げた髪は、俗にツインテールと呼ばれる形でまとめられており……。

 パッチリとした大きな目は、かつて見たことがないほどに輝いていた。

 かわいいか、かわいくないかでいえば、間違いなく抜群の美少女。

 しかしながら、他に着用している生徒がいないニーソックスをあえて選んでいるところといい、どこか世間ズレした雰囲気がする少女だ。


 その頬は二月だというのに沸騰せんばかりの勢いで上気しており、身の奥からは大会ですら感じたことがないほどのプレッシャーを放っている。

 ただただ、ヤバい……!

 女子と至近距離で顔を向け合うというシチュエーションでありながら、モギは若干びびってしまった。


「ふうおっ!?

 す、すみません! キタコったらお話の最中に突然割り込んでしまって!

 お初にお目にかかりますっ!

 キタコは、画野ガノ喜多子キタコと言いまして!

 僭越せんえつながら! 誠に恐縮ですが!

 お二人と同じ教室で学ばせて頂いております!」


 ようやくにも身を離し、早口でまくし立てながら頭を下げるガノを見て、タカギと目を合わせる。


「お初にお目にかかると言われても……このクラスで、一年近くも一緒にやって来てるんだけど」


「逆に俺たち、どれだけ忘れっぽいと思われてたんだ?」


 新しいクラスになって早々というならばともかく、今は二月だ。

 よほどのことがない限りクラスメイト全員の名前と顔は頭に入っているものであり、初対面のごとく挨拶されるいわれはない。

 しかし、ガノの反応は予想外のものだったのである。


「あふあっ!?

 ま、まさかクラスでも有数の陽キャであるお二人に、ありがたくもご認知頂いていたなんて……!

 ああ、ありがたや……ありがたや……!」


「おい、なんか拝み始めたぞ?」


「クラスメイトの名前覚えてただけで拝まれる日がくるとは、思わなかったね……」


 苦笑するタカギと共に、ともかく食事の手を止めてガノを見やった。


「ともかく、ガノ……。

 なんか話があるのか?」


「ああ、はい! そうなんです!

 キタコは、いつも通り教室の片隅で息を殺しながらボッチ飯に興じていたのですが……」


「君、そんなことしてたのか……」


「別に一人で食べるもみんなで食べるも自由なんだし、息まで殺す必要はないと思うけど……」


 もじもじしながら語るガノに、若干引きながらそうつっこむ。

 この娘は、忍者の修行でもしているというのだろうか?


「そうしていたら、Gプラという単語が聞こえてしまいまして!

 キタコ! 矢も楯もたまらずお二人のご歓談をお邪魔してしまったのです!

 その、Gプラが! 部屋一つパンパンになるくらい送られてきたのですか!?」


「Gプラという単語が出る前の情報から把握しているようだが……」


 タカギと目を合わせながら、しばし考え込む。

 やっぱりこの子、忍者の修行でもしているんじゃないだろうか?

 ともかく、隠すようなことでもないので素直に話すこととした。


「……まあ、そんな感じだ。

 俺のおじさんさ、そのGプラってやつが大好きで大漁に集めてたんだけど、先日亡くなってな。

 独身だから他に受け継ぐ人間もいないし、かといって処分するのも忍びないから、俺に受け取ってほしいって頼んできたんだよ」


「そうだったんですか……。

 それはその、お気の毒様です……」


「まあ、タカギにも言ったけど、本人覚悟してたし仕方のないことさ。

 で、おじさんが集めた開封もされてないGプラの山が、引っ越し業者使って送られてきたってわけ」


「ふおおっ!?

 未開封の! Gプラの山!」


「お、おお……そうだけど……」


 また超至近距離へ顔を近づけられそうになったので、同じだけ身を引いてそれをかわす。

 他人と距離を取りたいのか、そうでもないのかよく分からない少女だ。


「その! お願いします!」


 そうするモギに対し、ガノは取引先へ謝罪する営業マンもかくやという、見事な頭の下げ方を披露してみせた。

 そして、こう続けたのである。


「おじさまが残したという! そのコレクション!

 一目見るだけでいいので! なんなら遠距離からちらっと見させてもらうだけでもいいので!

 キタコに拝見させて頂けませんか!?

 キタコ……キタコ……もう、新品のGプラに対する禁断症状が出てまして!」


「遠距離から、ちらっとって……」


「なんか、親権取られた子供の顔を見ようとする片親みたくなってきたね……」


 タカギと視線を合わせ、またも少し考え込んだ。

 そうして出した答えは、単純明快なものだったのである。


「まあ……別にいいぜ。

 なんだったら、何品かおすそ分けしてもいい」


「ほ、ほほほ本当ですか!?」


「本当だとも」


 がばりと頭を上げたガノに、うなずく。


「故人の意思を思えば、全部譲ったりはできないけどな。

 Gプラ好きなんだろ?

 同じ物を好きな相手にいくらかおすそ分けするくらいなら、おじさんもうるさいことは言わないさ」


「お、おおお……っ!」


 次の瞬間にガノが見せた行動は、いよいよモギのド肝を抜くものであった。

 なんと、少女はその場で片膝をつき、両手を組み合わせてモギを拝み始めたのである。


「か、神が……!

 神がここに……!」


「モギ、現人神あらひとがみへの出世おめでとう」


「まさか、神扱いされる日がくるとは思わなかった」


 いい加減、ガノの調子にも慣れてきたので苦笑いしながらスマホを取り出す。


「それで、直近だとそうだな……。

 日曜の午後なら部活も終わって空いてるぜ?」


「おおお、もちろんです!

 そちらの都合に合わせます! 合わせますとも!」


「じゃあ、決まりだな。

 ――ん」


 ようやく立ち上がってくれた少女に、スマホを向ける。


「じゃあ、住所と俺の連絡先を送るからスマホ出してくれ」


「――へ?」


 あっけに取られた様子の彼女へ、首をかしげながら重ねて問いかけた。


「いや、チェインで送るからさ。

 だからスマホを……」


「ふうおっ!?

 チェイン、チェインですか!?

 まさか! リア充御用達の! あの伝説のトークアプリ!?」


「伝説て……なんなら全スマホの標準装備まであるぞ」


「モギさん、もしかしてインストールしてないのかい?」


 タカギの問いかけに、ガノは恥ずかしそうにうつむいてみせる。

 それが答えであった。


「そういえば、クラスのグループでも顔を出したことがなかったね……」


「まあ、そういうことならこの機会にインストしようぜ。

 別に要領食うもんでもないしな」


「あ、あわわわ……。

 まさか、まさかキタコがチェインを入れるなんて……!

 それも、陽キャの方と繋がるなんて、そんな恐れ多い……!」


「いや、入れてくれないと当日に連絡取りづらくて困るから」


 その後も、様々にリアクションを披露するガノをどうにか説き伏せてアプリをインストールさせ……。

 それでようやく、モギは自身の連絡先を送ることに成功したのであった。

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