オタクがお宅拝見
――ヤサイマシマシニンニクアブラカラメ。
丸一日を使った土曜の部活及び、日曜午前中を使った部活動の疲れを一気に吹き飛ばしてくれる魔法の呪文である。
ただ、この日のモギが少しばかりその呪文を変え、
――ヤサイマシマシアブラカラメ。
としたのは、これから女子に会うということを彼なりに意識した結果であるといえよう。
やはりニンニク抜きでは多少の物足りなさは感じるが、それでもずいぶんと満ち足りた体で家路を急ぐ。
スマホを確認すれば、時刻は十三時を少し回ったところ……。
ガノとの約束は十四時からであり、自宅に直接来てもらうことを加味すれば、少しばかり予習をする余裕すらある。
……なのだが。
「ん? ガノか?
どうした? 時間にはまだずいぶんと早いが?」
自宅の前でうろうろする女子を見つけ、それがガノであると確認するなりそう声をかけた。
「はうあっ!?
あ、あわわわわっ!? モギ君っ!?
ほ、ほほほ本日はお日柄もよく!」
先日同様、見事な角度で頭を下げながらまくし立てるガノを見て、上空を見上げる。
空は、どんよりと雲が覆っており……。
ついでに述べると、自分が肩がけにしているリュックの中には柔道着と共に折り畳み傘が入れられていた。
それらを踏まえた上で、ほがらかに告げる。
「――ああ! なかなかいい天気だな!」
モギは優しい男だった。
「まあ、とりあえず頭を上げてくれ。
近所の人に見られたら、何事かと思われちまう」
「ああ、ははははい! そうですね!」
「――む!?」
うながされ、顔を上げるガノを見てふと気づく。
ジャケットからスカートに至るまで、チェック柄を基調とした装いは、落ち着いた色合いでありながら華やかさを感じさせるものであり……。
ベレー帽やパイソン柄のバッグなど、小物類に関しても抜かりはない……。
なかなかどうして、気合いを入れたファッションであることが察せられた。
「ずいぶんかわいらしい格好だな。いや、驚いたぞ。
てっきり、ガノはそういうの気にしないタイプかと思ってた」
「へ?
へえあああああっ!?」
まじまじと見つめながらそう言われ、ガノははぶんぶんと両手を振りながら顔を赤らめる。
「いいいいやっ! 全然っ! そんなことはっ!」
「別に隠すことでもないだろう?
今年、社会人になって家を出た姉がファッション好きで、ティーン向けブランドの会社に勤めてるからさ。こう見えて、そういうのは少し分かるんだ。
……うん、なんとなくだが、マネキン買いではなくきっちり自分で選んだ雰囲気も感じる。
センスいいんだな!」
「ほ、ほわ……ほわあ……っ!」
先日は都内に雪も降ったほどの真冬ぶりであるというのに、上気しながら言葉にならぬ言葉を漏らすガノだ。
なんだか、年中あったかそうな娘である。
「おっと、こんなところで立ち話もなんだったな。
さしずめ、楽しみにしすぎて早めに来ちまったというところか?」
――にしても、一時間前は張り切りすぎだけど。
後半はあえて言葉にせず、そう問いかけた。
「い、いや……あはは……。
め、迷惑でしたかね……?」
「別に、そんなこともないさ。
掃除は昨日の内に済ませといたしな。
むしろ、寄り道したりして待たせず済んで良かったよ」
恥ずかしそうに頬をかくガノを見やりながら、家の鍵を取り出す。
「そんじゃ、さっそく上がって行きなよ。
実際に見るとすごいぜ?
さっき話に出た姉の使ってた部屋がさ、足の踏み場もないくらいGプラまみれになっちまった」
「足の! 踏み場も! ないくらいの! Gプラですか!?
むふ、むふふふふふ……!」
モギの言葉に、少女は夢みごこちといった
--
「お邪魔しまーす……」
――そういえば、男子はともかく女子を家に連れてくるのは初めてだな。
――まあ、去年までは姉さんの友達がよく来てたけど。
そんなことを考えつつ、ガノを従え家に入った。
ふと振り向くと、彼女はきっちり靴を揃えて置いており、そこはかとない育ちの良さが感じられる。
「まあ、狭い家だがそこは言いっこなしだ」
「……あれ、ご家族の方はいらっしゃらないんですか?」
バッグを漁り、何やらごそごそと取り出し始めたガノが小首をかしげた。
ひょっとしたら、何か
「ああ、姉はさっき言った通り家を出ているし、父は何軒か経営しているコンビニオーナーでさ。
母共々、今日はシフトに入っているよ」
「ふえあっ!?
と、ということは、今この家にはモギ君とキタコの二人だけ……!」
ファッション同様、上品なラッピングがされた箱を持ったままガノが硬直する。
「いやまあ、そう言われればそうだけど、そんな色気のある用事でもないだろう?」
しかし、そんなことには構わず肩をすくめるモギであった。
「なんという余裕……!
これがリア充の……
「人のこと妙な力の持ち主にするのはやめてくれ」
ややあきれながら見守ると、ガノも自分が手に持ったもののことを思い出したようである。
「――はっ!
それはそうと、こちらつまらないものですが……へへ……いや本当、口に合わなかったら……。
なんなら! 見た目が気にくわなかったら捨てて下さって構いませんので!」
「しないよ、そんなこと」
どれだけ己を
時代劇の悪徳商人みたいな物腰で渡された箱を受け取り、さっそくラッピングをはがした。
紙箱の中、個包装を施した上で整然と並べられたそれらは、なるほど、確かに変わった見た目であるが……。
「――アイシングクッキーってやつか!
すごいな……これ……。
どれも、おじさんからもらったGプラで見たことのある機体だ。
ひょっとして、自分で作ったのか?」
「ええ、いや、はい……。
本当、不出来なもので申し訳なく……」
「不出来なもんか!
これ、お店に出すこともできるレベルだぞ!」
自信なさげに頬をかくガノに、力強くそう告げる。
「いや、大したもんだ……。
おじさんも器用だったけど、やっぱりプラモデルが趣味の人は手先が器用なんだなあ」
もう一度しげしげと眺め、ひとまず箱を閉じた。
「ありがとう。
こいつは家族と一緒に、ありがたく頂くよ」
「い、いえその……。
恐縮です……はい……」
あまり褒められられてないのか、ガノは恥ずかしそうにもじもじしながらそう返事したのである。
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ひとまずもらったクッキーを居間のテーブルに置き、ついでにリュックをソファに投げ捨てた。
「さ、Gプラをしまってあるのはこの部屋だ」
そうした後に、二階の姉が使っていた部屋へと案内する。
「ぐ、ぐふふ……もうすぐ……もうすぐで宝物庫の扉が……」
「宝物庫っていうほど、いいもんじゃないと思うけどな。
いやでも、好きな人からすればそういうことになるか。
――うん、なかなか、すごいことになってると思うぞ」
さして広くもない家なので、目的とする部屋にはすぐ辿り着く。
そして、せっかくなので少しもったいつけた後……これを開いた!
「――ふおおっ!?」
――人間の瞳って、星みたいに輝くんだ。
これが、その時のガノを見た感想である。
両手を握り締めつつも体は前のめりであり、大きく見開かれた目は、まばたきすらせず眼前の光景に見入っていた。
かつて姉が使っていた……今は家具も残されておらず、壁も床も剥き出しとなっている空間に整然と積み上げられた品々……。
それは、言うまでもなくGプラである。
しかしまあ、その量が尋常ではない。
床から、ほぼ天井に達するまで……。
六畳ある部屋が、中央部に人一人通れるだけの空間を残し、Gプラでみっしりと埋まっているのだ。
さながら、モーゼの海割りを積み上げたGプラの箱で再現したような光景である。
おじさんと一緒に暮らしていた祖父母が、これを送るために引っ越し業者を使ったのは当然であった。
恐るべきは、これらはあくまでも組み上げていないコレクションであり、組んだ品は同数以上に存在するということだろう。
――あいつが作ったたプラモでさ、家ん中にギャラリー作ろうと思ってるんだ。
……と、祖父は言っていたが、なかなかの大事業になりそうである。
というか、いくら祖父が田舎の地主であり、屋敷も相応の広さがあるとはいえ、ギャラリーにできるだけの部屋があるのだろうか?
そのような思考を断ち切り、口を開く。
「手前側しか見えないのは勘弁してくれ。
一応、スケールごとに仕分けはしてみたんだ。
ただ、登場した番組の? 種類に関してはほとんど分からないっつーか、そこまで気にする余裕はなかった」
モギの言葉にガノは答えず、ただ一歩踏み出し……部屋の一番手前、1/100スケールと書かれた箱が積み上げられた場所の前で立ち止まった。
「――おおっ!」
そして、素早くひざまずき両手を掲げ祈り始めたのである!
「ガノ!? 急にどうした!?」
「これは……! これは……!」
モギの言葉に一切構わず、ガノが
「伝説の……マスターグレードMS09バージョン1.0……!
まさか、この目で実物を拝める日がくるとは……!
キタコ……キタコ……今、死んでも構いませんっ!」
「警察への説明が大変そうだから勘弁してくれ」
「――はうあっ!?
あちらはっ!?」
モギのツッコミをガン無視し、今度は1/144スケールと書かれた箱が積まれたエリアの前へ移動する。
「キタコの中で今……! 鳴らない言葉がもう一度描かれてます……!」
ガノが食い入るように見つめていたのは、同じ1/144スケールでありながら、妙に箱がでかい品を積み上げた区画であった。
「おー、やけに箱がでかいと思ったけど、やっぱりそれ特別なやつなのか?」
尋ねつつも、さっきガノが拝んでいたプラモの箱を注意深く引き抜いて確かめる。
その箱に描かれていたのは、見得を切る歌舞伎役者のようなポーズを決めた黒と紫の機体……。
ずんぐりむっくりとしたシルエットといい、いかにも悪役然とした一つ目といい、カッコイイとはなかなか言い切れない機体だ。
ただ、独特の愛嬌というか、渋さのようなものは感じられた。
その箱を抱えつつ、Gプラの箱で形成された狭苦しい通路を進み、今ガノが眺めている品を見やる。
どうやら、二つばかりの品が気になるらしい……。
どうやら、二つとも同じ作品に登場した機体のようだ。
片方は、胸にもう一つ頭部があるかのようなデザインと、工事用の重機を思わせるいかつい両腕が特徴的であり……。
もう片方は、折り鶴のような装甲に包まれているのが印象的だ。
こちらは両方ともヒーロー然としたデザインであり、おそらくは、共に手を取り巨悪へ立ち向かう間柄なのだろうと察せられる。
例えばそう……昨夜見たアクション映画のように、テロリストとかへ!
「それなら、この1/100のやつと、その同じ作品のやつ二つがおすそ分けの品でいいか?
まだ奥の方にもアホほど眠っているけど、こういうのって最初のインスピレーションが大事だと思うし」
「――へえあっ!?」
てっきり喜ぶと思って提案したのだが、ガノは狭苦しい中で身を縮こませ恐縮するばかりであった。
「い、いいいいやっ! とてもじゃないけどもらえませんっ!
片や伝説のオーパーツ! 片や今をときめく超人気モデル二種!
キタコは、そのパッケージを眺めさせてもらえただけで! その匂いを嗅がせてもらえただけで! もう昇天しちゃいそうです!」
「いやあ、人の家に来てあんまり匂いとか嗅ぎ回らないで欲しいかな」
――大丈夫だよな俺? ニンニクは抜いたし。
そんなことを考えつつ、やはり他の箱を崩さないよう注意しながら
「まあ、どれもいかにもでかいし、俺じゃ組んでる時間も、何より技術がないしな……。
それに、伝説? ってのになるくらい価値ある品なら、それが分かる人の手にあるべきだよ。
――ほら」
三つの箱を重ね、差し出す。
「お、おお……おおおおおっ!
い、いいんですか!? 本当にいいんですか!?
絶対に返しませんよ!? 合わせ目まで完璧に消して塗装も施して、末永くブースを彩らせちゃいますよ!?」
「合わせ目というのは分からんが、とにかく手をかけた上でそこまでしてもらえるなら、こいつらも本望だろう」
「おお……っ!」
またもひざまずいたガノが、うやうやしくプラモの箱を受け取る。
なんか、表彰式みたいだと思った。
いや、表彰式でひざまずく奴など見たことないが……。
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