第11話 おわりの泉とはじまりの泉

泉は、水が地中から自然にわき出ているところのことである。「湧泉」、「湧水」とも呼ぶ。

wikipediaより引用

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%89

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ふと、体が軽い気がして腕を回してみたが、痛みを感じなかった。



全身を見てみると驚いた事に、たくさんあったすり傷切り傷が見当たらなかった。



雛の爪の一撃を食らって負ったはずの腿の傷すらなかった。



ジャージは破れているのに、である。



Tシャツに付着した赤と青の血もほとんどわからないほど薄くなっていて、今自分に起きている事が夢だったらいいのに、となにげなくズボンのポケットに手を入れるとそこには、滑らかでひんやりとした手触りの金属のペンダントがあった。



ゲイルと名乗った白髭のよく似合う勇敢な老戦士は大きな雛を殺した後このペンダントを自分に託し、そして自分の腕の中で死んだ。



春風が人の死に接したのは大神の祖母トメの葬式以来だったし、死の瞬間に立ち会ったのは初めての事だった。



何もかもめちゃくちゃな出来事が続く中で、ゲイルが最後に見せた笑顔が大神とだぶって脳裏から離れなかった。



これからどうしていいかはわからないが、このペンダントは届けよう。



待っている人に何をどう話すかなんて後で考えよう。



ポケットから手を出した春風は目を閉じて深く息を吸い



「平常心」



と大神の真似をして声に出し、目を開けて辺りを見渡した。




背後に数十メートルはありそうな高い滝があった。



滝からこの滝壺へ流されてきたとしか考えられないが、意識がなかったのによく助かったなと春風はぞっとした。



荒々しい音とともに大量の水が注ぐ滝壺は泉のように静かだった。



泉は円形で直径百メートルくらいはありそうだった。



滝側はむき出しの岩しかない崖が半円形に続き、逆側の泉の周囲は雑木林で囲われていた。



雑木林と泉の境はとても細かい砂利が整地されたように敷き詰められていて緩やかな岸辺をなしていた。



春風は流されてその岸辺にたどり着いた。



雑木林に目をやると、舗装されていない道がひとつあった。



獣道というより人が通ってできた道のように見えた。



背後は崖なので、立ち上がった春風が進む道は雑木林の方向しかなかった。



この滝壺を抜け出る事に集中していた春風は、泉の水面に波一つない異常さに気が付かなかった。



それは無理からぬ事で、春風から見れば滝の水が滝壺に注ぎ水飛沫をあげているようにしか見えなかった。



だが、サイワ川を辿った生物の地肉を含む水は、滝壺の水面に触れる寸前で分子となり分子は素粒子になり、素粒子もすぐに世界の根源単位マナ、大神がヒストリウムと名付けた物質、へと分解され、それらのマナはすぐに水面から泉へ静かに吸収されていった。



ウルガ山からサイワ川を下り流されてきた生き物の死骸は全てここでマナになった。



ゆえにこの滝壺は「おわりの泉」という名で呼ばれていた。



春風はずぶ濡れのまま雑木林の道を歩いた。



その道は歩きやすく、やはり人が行き来するための道に違いなかった。



しばらく歩いていくと、木々の向こうがうっすらと光りが見えた。



「もしかして村とかあるのかな?」



と期待した春風の耳に、大きな水流が聞こえてきた。



道はまっすぐの一本道だったので、元いた泉に戻ってきたはずはなかった。



近づくほど光量とともに水流の音がどんどん大きくなっていった。



木々の隙間から、大きな滝が見えた。



春風は雑木林の出口付近で立ち止まると、その滝を見上げた。



さきほどの滝よりも大きなその滝を流れる水は明らかに発光していた。



滝壺の泉もうっすらと光っていて、その荘厳な風景に息を呑んだが、その滝の水の流れが逆流している事に気がつき、春風は息をするのを忘れた。



おわりの泉のマナは地下水に乗ってこの泉に流れてきて、ここから逆流しウルガ山の中をくねるように登り、火口湖に注ぐ。



ここは「はじまりの泉」と呼ばれた。



逆流する滝へ近づこうと春風がゆっくりと歩みを進めた時、その泉の中で楽しげに鼻歌を歌いながら飛び跳ねる人影が目に入った。





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大地の臍



ウルガ山の南の麓にある直径約二キロメートルの円形に窪んだ場所の事です。



この窪地には崖の上から雑木林が続いていて、雑木林の中には泉が二つあります。



ひとつは順流サイワ川の終着点の滝壺「おわりの泉」であり、もうひとつは逆流サイワ川の出発点である「はじまりの泉」です。



切立った崖の下へ順流サイワ川が滝として注ぎ、おわりの泉を作ります。



一方、はじまりの泉からは逆流サイワ川が滝として立ち上っています。



数十メートルの高さを逆流するはじまりの泉の滝は、月の光を受けた夜は特に強い光を放ちます。



大地の臍はブリテン三十三名所のひとつに入っています。



おわりの泉は大地の臍の西側、はじまりの泉は東側にあります。



これらふたつの泉を合わせて「命の泉」と呼ぶ事もあります。



ふたつの泉は中央から水が湧いています。



一説では迷いの森から続く地下水脈から湧いていると言われていますが定かではありません。



なお、大地の臍はブリテン王国領であり、王国令によって立ち入りが厳しく制限されていますので不用意な立ち入りは厳禁です。



ただし、二年に一度の神事の際にのみ立ち入ることができます。



はじまりの泉で振る舞われる金色の獣魚ヴィラの串焼きはブリテン名物のひとつで、神事の年のこの場所でしか食べることができません。



春の季節のヴィラの串焼きを食べるために西の大陸からはるばるやって来る人も多く、事前予約は必須です。



ブリテン聖教会に受付窓口がありますので、連絡してみましょう。


(ブリテン神官学校分校でも受け付けています)



〜ブリテン王国観光案内板より〜






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