第10話 ヒストリウム

「我々はDARPAではありません。大神先生の理論に感銘を受けた同志によって新しく設立された独自機関です」※1


〜アメリカの大神家を訪れた長身の黒スーツの男の玄関口での挨拶〜


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登山事故から二ヶ月後、大神はアメリカの友人と連れ立って調査のため再びあの山脈へ赴いた。



しかし、春風が生き返った岩場には何もなかった。



まるで初めから何も変わっていないかのように痕跡一つ見つける事ができなかった。



「一体何が起きたのか、あれが何なのか、知りたい。それにあれが使えるなら、人の命が救える。そう思ったんだ」



「確かに。一回死んだおれが生き返るくらいだもんね」



死んでいたという実感がまるでない春風は、人ごとのように言った。



「その時は何もなかっかんだけど、もう一回行ったんだ。今度は自分一人で」



二回目の調査登山で友人と予定が合わなかった大神は一人で、落ちた岩場ではなく春風が足を踏み外した場所、すなわち春風がいい匂いの鳥の巣があると言った所へ向かった。



なぜなら一回目の調査登山で岩場から上を見上げた時にほんの一瞬、鳥の巣付近が光っているように見えたからだった。



その時は太陽の加減かと気にしなかったが、何かが心にひっかかったままだった。



あの光は、春風に集約した光と似ていたような気がした。



そして結晶石があった場所はいい匂いがした。



あれは何の匂いだろう。



それに。



春風を襲ったあの鳥は本当にヒゲワシだったのだろうか。



大神は空になった二人のコーヒーカップを盆にのせ、キッチンへ行った。



「そしたらもう雛は巣立ったらしくて巣は使われてなかったんだけど、そこにあの結晶石と同じ小さな結晶があって、持って帰ってきたんだ」



「え?うそ?」



春風は土間ラボで地べたに座りながら、キッチンの大神に言った。



コーヒーを淹れながら大神は



「そして、ようやくわかったんだ。あれが何か」



と言った。



「うそ!?マジで?」



「ああ。あの結晶石の解析結果は銀河探査機から送られてきた信号の解析パターンと一致した。



あれは宇宙から来た物質が結晶化したものだ」



春風は息を飲み、黙って聞いた。



「俺はそれをヒストリウム(Hy)と名付けた。そして、ヒストリム検知器を作ったんだ」



そういうと、壁にかけられた紫色のドライヤーのような物を指差した。



大神はゼロから作り上げるのが得意だったが、既存物を改良するのも好きで、その検知器はまさにドライヤーを改造した装置だった。



「あれを二十ほど作って、信用できる知り合いに送っていろんな場所を測定してもらったんだけど、なかなか検出出来なくてさ。でも、それが検出できたところがある」



と言って大神は、宇宙ラジオの隙間から顔を出し、目で春風の横にある実験台の上を見た。



春風がそこを見ると電子タブレットがあり、春風はそれを手に取って見た。



大神が、「Hy解析結果」というファイル名を口頭で伝え、春風はそのファイルを開くと単純な某グラフの図が表示された。



X軸にはイニシャルを示すアルファベットがあり、ざっと二十人分くらいあった。



横軸にはHyと書いてあり、検出したヒストリウム量を示していた。



大神は千人分のデータから上位二十人を抜粋したグラフだと言ったが、最初の二人を除きほぼゼロの値が並んでいた。



春風が最初の二人のイニシャルを見て、大神に言った。



「モッちゃん、これって...」



「ああ。ハルと俺だよ。ヒストリウムは、俺たちの体の中にある」



二人以外の数値はほとんどゼロだったので、大神の三千二百Hyがどの程度多いのか不明だったが、春風のHy値はさらに圧倒的に高く、計測不能と書かれていた。



「モッちゃん、これって俺、大丈夫なの?」



と春風は不安げに聞いた。



その後の会話を春風は覚えていない。



なぜならそれを聞いた時、春風の周囲にきれいなオレンジ色の光が輝き、まず音が聞こえなくなり、そして真っ暗になったからだ。



春風は突如発生した光に取り囲まれ、光の中心、自分の尻の下に空いた黒い穴の中に落ちた。



穴は土間ラボのコンクリート床にではなく、時空の壁に開いていた。



それはほんの数秒の出来事だった。



ゆえにその光が多数の同心円だったとか、その中に幾何学模様や見慣れない文字が描かれていたなどという事を春風が知る由もなかった。



穴に落ちたという感覚はすぐ無くなり、それと同時に周りが真っ暗になったので一瞬停電になって頭が混乱したのかと思った。



だが、手を伸ばしても足を伸ばしても何にも当たらない。



大神の名を呼んでみたが返事はない。



何も見えないし、何も聞こえない。



匂いもないし、暑くも寒くもない。



ただただ暗い。



春風はしばらく大きな声を出し叫んだり体を動かしたりしてみたがどうにも変化がなかったのでどうしていいかわからず悶々としていたら急に夜空に出た。



その後鳥に連れ去られ、鳥の巣でゲイルとともに雛と死闘を繰り広げた。



ゲイルの最後の顔が大神の笑顔を連想させ入り込んだ回想から我に返った春風は、自分が川に流されてきてここにいる事を思い出した。


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※1


国防高等研究計画局


アメリカ国防高等研究計画局(アメリカこくぼうこうとうけんきゅうけいかくきょく、Defense Advanced Research Projects Agency)は、軍隊使用のための新技術開発および研究を行うアメリカ国防総省の機関である。日本語では防衛高等研究計画局、国防高等研究事業局、国防高等研究計画庁などとも表記される。略称はダーパ(DARPA)。ARPAの時期にインターネットの原型であるARPANET・全地球測位システムのGPSを開発したことで知られている。


wikipediaより引用


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%98%B2%E9%AB%98%E7%AD%89%E7%A0%94%E7%A9%B6%E8%A8%88%E7%94%BB%E5%B1%80




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