第8話 初恋

「優奈ちゃん、俺、君が好きです!よかったら俺とつ、付き合ってください!」


「ありがとう。私、実は四組のヒロと付き合ってるの。ごめんね。天野くんならいい子見つかると思うよ」


〜春風の初恋が散った初夏のある日の一場面〜


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「ハルに言っておきたい話しがあるんだ」と切り出した大神は、話しは二つあるのだと言った。



一つ目の話として大神は、ラジオから聞こえてきた女の子の声の話しをした。



それは大神がアメリカに住んでいた六歳の頃の話だった。



両親と妹の四人で暮らしていたアメリカ東海岸の北部マサチューセッツ州ボストン郊外の家には、大神の父ロザリオが自作した当時はまだ珍しかった自動開閉シャッター付きの駐車場があった。



駐車場はピックアップトラックが三台も収容できるほど大きかったが、中には車とオートバイが一台ずつしか置かれていなかったので、小さな大神がそこを秘密基地とするには十分な広さがあった。



庫内の壁には多数の工具とともに、父とキャンプに出かける度に戦利品として持ち帰ってくる石がたくさん並べてあった。



ある週末の朝その秘密基地で、父ロザリオが目を輝かせて六気筒4.0リッター2H型トヨタランドクルーザーを触っていた。



大神少年はその横で、父と同じ顔をしてラジオを触っていた。



父のランクルいじりは部品交換や清掃どまりだったが、大神のラジオは全ての部品が分解され再構築された。



これまで何度もラジオの分解再構築を繰り返してきた大神は、単に再現するだけに飽きていた。



辺りを見渡すと、父が週末のバザーに出すと言っていたスクラップの真空管とコンデンサがあった。



「父さん、これ使っていい?」



と尋ねたが、庫内には壁に設置されたラジオから流行りのカントリー音楽が流れていて、また、父は廃材にワゴンの車輪をつけた自作の寝板(Creeper、這うもの)を背にランクルの下に潜り込んでいたので、大神の問いかけが聞こえなかったらしく返事はなかった。



大神はまあいいかと自己判断し、それらを閃きのままにラジオに取り付けた。



うまく取り付けが終わり、チューニングを合わせようとダイヤルをいじった時、本来声が聞こえるはずのない周波数で声が聞こえた。



カントリー音楽の音量は大きかったが、それでも大神ラジオから聞こえる声は大神少年の耳にしっかりと届いた。



自分と同じくらいの歳の女の子を思わせるその声はきれいかつ上品で、聞いた事のない言語だった。



内容はわからなかったが、祈りを捧げているような雰囲気で、大神はしばらくその声に聞き入った。



その放送は日がかげるとともに聞こえなくなっていったが、聞こえなくなる一番最後に、「全ての命」と聞こえた。



大神にはそう聞こえたし、そして聞こえたその言葉は日本語だったと今でも確信していた。



「こわい系の話し?」



その話を聞き終わった春風は、キッチンでコーヒーを淹れている大神に土間ラボから聞いた。



「いや。なんて言ったらいいかな。初恋?みたいな感じ」



意外な返事に驚き、ははと少し笑ってから



「まさか、もしかしてその女の子の声をまた聞きたくてコレ作ったの?」



と春風は宇宙ラジオを指差したが、大神は手元のカップに集中し土間ラボの方は見ずに



「んー、言語化が難しいんだけど、そうではないとは言い切れないかな」



と笑顔で言った。



思えば大神とは恋愛話をする事はほとんどなかった。



春風が中学二年の時、クラスに好きな女の子ができて大神に相談した事があった。



だがその時大神は



「俺にはあんまりわからないんだよな、そういうの」



と言って困った顔をした。



その顔が本当に困っていて、天才とはこういうものかと幼心に納得して以来、春風は大神とそういう話しをしなくなった。



その大神が、初恋という言葉を使った。



さらに、その初恋の人の声を聞くために三十年も引きこもってこんな大きな装置を作ったという事を強く否定しなかった。



冗談が好きな大神だったのでどこまで本当なのか真意はわからなかったが、大神の今まで見えなかった一面を見た気がして春風は嬉しかった。



「超ロマンチックじゃん。けどトータル四十年くらいかかったわけだから、もしモッちゃんと歳が一緒くらいだとしたらその子ももう…」



春風は、きっと結婚して子供もいておばさんになってるかも、と言いかけて、余計な事だと気がついてやめた。



「別に会いたいとかじゃないんだ。ただ…」



「ただ?」



「ただ、俺にはあの声が、地球じゃないどこかから聞こえてきたような気がするんだ」



春風はそこで気がついた。



確かに、もしその女の子の声がアメリカのどこかで発せられた電波に乗って聞こえてきたのなら、これほどの装置を作る必要はない。



財力を得た段階で、探す方法はいくらでもあったはずだ。



だが大神は、探査機や衛星を飛ばし、宇宙ラジオをつくった。



春風は、女の子が宇宙人だと大神が本気で信じているのだとわかった。


が、それと同時に可笑しくもあった。



「だとしたら、モッちゃんの初恋の相手は、宇宙人って事じゃん」



春風は宇宙ラジオの隙間から顔を出し、コーヒーを淹れる大神を見て言った。



「そうだな。でも、あの子はきっともの凄く美人なおばさん宇宙人になってるよ」



二人は笑い、大神はコーヒーカップを二つ盆に乗せ、キッチンから土間ラボに向かったが



「あ、ミルクいるよな。ちょい待ち」



と言ってキッチンに戻った。



「それで、もうひとつの話しも恋話?」



「違うよ。今の話も別に恋の話ってわけじゃないし」



大神は冷蔵庫を開け、ミルクを出すとその場で立ち止まり



「こっちはとても大事な話し。あの時の、登山の」



と言って冷蔵庫を閉めた。



春風は土間ラボの壁に額縁に入れて飾ってある写真に目をやった。



写真の中の若い頃の二人が、山頂で屈託なく笑っていた。



「懐かしいね。鳥事件。でも二人とも今ピンピンしてるわけだし、結果いい思い出だよ」

と言った。



大神がコーヒーを持って土間ラボへ行き、二人はこだわりのおいしいコーヒーを飲みながら話しを続けた。

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