第6話 土間ラボの宇宙ラジオ
...。
細胞が脂質二重膜で覆われているように、宇宙の縁は素粒子による宇宙膜で覆われています。
細胞の場合、膜で区切られた細胞質内部の一部はエクソソームとして細胞外部へ放出され、エクソソームはエンド/エキソサイトーシスなどの経路で細胞間を行き来します。
細胞内部の情報伝達の一翼を担うエクソソーム膜の形成にはLC3などの膜形成因子が必要です。
この度私は、宇宙もまた素粒子による宇宙膜で宇宙を区切り、宇宙エクソソームとして宇宙外部へ放出し、宇宙エンド/エキソサイトーシスとして宇宙と宇宙が連絡を取り合っているという細胞宇宙論を裏付ける現象を観測しました。
そして宇宙膜の発生に必要な因子をひとつを発見、同定しました。
〜大神元博士論文審査会口頭発表冒頭の一節より抜粋〜
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「ハル!心の準備はいいかい?」
目を輝かせた大神元が土間ラボに山積みにされた機器の隙間から顔を出し、ハルこと天野春風に言った。
いつも明るい大神の声が、今夜はとびきり弾んでいた。
何か事に当たろうと興奮した時に大神は決まって「心の準備」とか「平常心」とか言う癖があった。
大神自身が知らないこの癖を春風は知っていた。
山脈のように積み上げられた機器の一番上には、二人の人間を見下ろしながらいつ邪魔をしてやろうかと様子を伺う白猫のシロがいた。
シロは春風が小学校に入る前にどこかから拾ってきた白猫だった。
家には入れられないと母に怒られて困り果てた春風が大神の家を尋ね、トメと大神が快く受け入れて以来シロは大神家の一員になった。
目を輝かせた大神の顔は、大神の瞳が青い事もあってシロとよく似ていた。
飼い主に似たのかそれとも、などと思うとなんだか可笑しなって春風は笑った。
大神は土間ラボでこれまでたくさんの製品を開発してきた。
ポケットサイズの自動制御小型ドローンアンブレラ「RainBowl」、思考AI搭載人型二足歩行おそうじロボットの「ビートくん」、スケジュール管理アプリ「サンテ」、出会い系アプリ「ポーラスタ」など数え上げればキリがない。
特に「RainBowl」と「ビートくん」は世界を一変させた。
RainBowlの登場で、人間は傘を差す必要がなくなり、雨の日の歩道はRainBowlの上にかかる暈が違和感なく定着し、ビートくんによって家事という作業にもはや人の出る幕がなくなった。(※1)
世界を変えたこれらの商品は類似品を含め全世界で百億台以上が出回っていたが、これらは大神が片手間に作った製品たちだった。
渡辺の研究対象は生命と宇宙だった。
満月に照らされた満開の桜の下で人々がひとときの酒に酔いしれる金曜日の夜、春風の三十路祝いとともに、研究者として新たな節目を迎えた大神の祝いを兼ねて二人は土間ラボにいた。
大神が三十年を費やして作り続けた装置が今日完成し、二人の目の前かつ一匹の足元にあった。
大神の細胞宇宙論研究の集大成であるその装置は、天才がひらめきのままに際限なく部品や装置を繋ぎ合わせていったので、横にも縦にも巨大な装置となり、二十畳ある土間ラボの三分の一にまで達していた。
その巨大な装置に生みの親が与えた「全方向性超時空間情報集約解析装置、数式言語翻訳機能付」という無粋な名前はついさっき春風が「宇宙ラジオ」と命名し直した事によってあっさりと消滅した。
二人は今から宇宙ラジオのスイッチをいれるところだった。
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暈
暈(かさ、halo、英語読み:ヘイロウ)とは、太陽や月に薄い雲がかかった際にその周囲に光の輪が現れる大気光学現象のことである。特に太陽の周りに現れたものは日暈(ひがさ、にちうん)、月の周りに現れたものは月暈(つきがさ、げつうん)という。虹のようにも見えることから白虹(はっこう、しろにじ)ともいう。
wikipediaより引用
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9A%88
(※1)
Rainbowl本体の電源表示ランプなどに反応し、その周囲に光の輪が現れる。雨の日の歩行者はほぼ皆Rainbowlを使用し、街には薄い虹が多く発生した。
虹に対するクレームもあり、現在では無発光のRalnbowlも多数発売されている。
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