第17話 ワンパン

「ははっ、エレナ。流石にそれは酷というものだろう。ほら、レオもこんな真っ青な顔になっているぞ」


 そうだそうだ!

 ライアルさんもっと言ってやれ!


「いいえ!レオさんのパンチは強力です!クラーケン如きワンパンです!」


 いやいやいや!

 エレナは暗がりであの巨大なイカが見えてないのか?


「あんな二階建ての家ぐらいの大きさのクラーケンなど敵ではありません!」


 ちゃんと見えてたー!

 ちゃんと見えた上での発言でしたー!


「…そこまで言われると本当にレオにとてつもない力があると勘ぐってしまう。どうだ、レオ。私と手合わせしてみないか?」

「え?手合わせ?」

「こんな見た目だが、昔は冒険者として活躍し、こうしてギルドマスターになるまで力をつけた。力を確認するだけなら大丈夫だろう」


 なるほど…、確かにやってもいいが加減が分からない。

 黒躍団のアルゴの時も加減が分からなかったし、全然力を調整出来ないだろう。


「大丈夫だ。別に殺し合いをしようというわけでは無い。不安ならば一発私を殴りつけるだけでもいい」


 そこまで言われたら断れないよな。

 ギルドマスターから見て俺の力はどれくらいなのかを確認するにもちょうどいい。


「なんなら本気で殴ってもいいぞ。ははっ」


 本気…、よし。

 俺の力を正確に測ってもらうために、お言葉に甘えて本気でいこう。


「では構えて…!始め!」


 早速始まり、ライアルさんは俺を観察するようにグルっと周り、海側を背にする。

 弱いと思っている相手でも油断をしないのは優しさか…。

 本当に無愛想な印象とは裏腹に優しさに溢れているな。


「いきます」


 腰を落として構える。

 足にグッと力を入れて地面を思い切り蹴り出す。


 ズゥンッ!


 空気を切り裂くが如くの初速を叩き出した俺はその勢いのまま拳を繰り出す。


 その速度は最早、並の人間が捉えられる速度ではなくなっている。

 当然、ライアルにはそれは見えていなかった。

 空気が微動することだけを捉えたライアルは咄嗟に冒険者の勘が働き、体を無理に動かして数瞬後に来るであろう即死の一撃を回避しようと試みる。


「くっぁ」


 なさけない声が出るがそんなのは関係ない。

 今はただ避けるという行動をするがために脳を、体を全力で動かす。


 ドゴンッ!!


 空気を切り裂く刹那の一撃がライアルの肩を掠める。


「はぁっ…!はぁっ…!」


 腰を抜かして今にもチビりそうになるライアルはそんな自分に驚く。

 それと同時に恥ずかしさが混み上がってくる。


「だ、大丈夫か?」


 やばい、やりすぎたか?

 目の前のライアルさんは股間に手を当てて冷や汗を垂らし、目線は宙を見て動かない。


「…強い。間違いなくフィジカルだけで言えば世界最強も有り得るほどに」

「え…?」

「グリーンドラゴンをワンパン?当たり前だ。あんな拳を食らったらグリーンドラゴンですら一溜りもないのは今理解出来た」

「そ、そう…」


 世界最強も有り得る…?

 俺はそんなに強いのか…。


「す、凄いです!!さすがです!!さぁ、早速クラーケンを倒しに行きましょう!」

「わ、わかったから一旦落ち着こう」

『グォォォォァァァ!!』

「なんだ!?」


 今の気配を察知したのか、遠くでぷかぷかと浮いていたクラーケンはこちらへ近づいてきている。

 それもかなり興奮した様子で。


「怖い怖い怖い!」

「お前が怖がってどうする!来るぞ!倒してくれ!」

「は、早くレオさぁん!!あのパンチ見せてください!」


 くっ…。

 えぇい!ままよ!


 近づいてくるクラーケン目掛けて、港から飛び出す。

 空中で拳を構えて重力を味方につけた勢いのまま振り抜く。


「がっ!?」

「うぁぁ!落ちるううう」


 ライアルは目の前でクラーケンの額に穴が空いたのを見た。

 拳はクラーケンを吹き飛ばす訳じゃなく、貫いたのだ。

 その威力は想像し難い。


(わ、私はあれを食らうところだったのか…)


「わ、わぁ!今助けます!」


 いやいや、こんな化け物に助けなど必要ないだろう…。と思いつつも、ライアルは海に飛び込んだエレナを追いかけた。


「ぷはぁ…!お、泳げない!」

「き、筋肉質な人は沈むらしいですよ!」

「エレナも沈んでるぞ!ほら、二人とも私に捕まれ!」


 私は二人を担いで海から飛び出でる。

 ついさっきまではクラーケンをぶち抜いた男が今は溺れると弱音を吐き、飲み込んでしまった海水を吐き出している。

 そのギャップにライアルは目眩がしそうになった。


「ふぅ…。一件落着か」

「さすがですね!やっぱり護衛頼んで良かったです」

「あ!さっきのクラーケン勿体ない!ブルーサファイアで捌いて貰わないと!」


 俺の頭はもう既にイカで埋まっていて、泳げないことも忘れて海に飛び込んでしまった。


「あ、やっぱり間違いだったかも…」


一生懸命バタバタと体を動かすが体は一向に上がらずに、どんどん沈んでいく。


「あっ…、ライアルさん助けて…」

「全く!何をやっているのだ!」


 ついでにライアルさんにクラーケンを回収してもらって、俺たちは港を後にしたのだった。


 ―――


「あいつら、俺が討伐してやらないとやがて昼間にも食い荒らし始めることになるぞ…?」


 そう考えつつも、金が貰えなければ働かないことは決定しているので、奴らが折れるまで俺は待ち続けるだけだがな。


「…しかし、今日はやけに街がうるさいな」


 なにかの祭りが始まったかの如く街は沸き立ち、人は騒いでいる。


「いやぁ!ギルマスがクラーケンを討伐してくれたおかげで、心置きなく漁が出来る!」

「あぁ!やはりあのS階級冒険者バカラスが居なくてもこの街は平気だ!」


 はぁ…?俺の名前はアララスだ。

 これみよがしに俺の店の前でバカにしやがって…。

 冒険者の規定が無ければ殺しているところだぞ。

 それにあの弱いギルドマスターがあのクラーケンを倒しただと…?


「なにか裏があるか」


 今日は店を閉めて、ライアルを監視することにする。

 何かある、この街は俺がいなければ何も出来ない街なんだから。

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