第13話 トラウマ

「あ、アルゴ様…」

「チッ、今度喋ったらタダじゃおかねぇぞ」

「………」


 醜悪な顔で最低な取引を持ちかけてきたアルゴだが、俺はその取引に乗ることにした。

 あの女の子、シェイエトと言っていた子は悪い子ではないように思える。

 今も蹴られて壁に叩きつけられて倒れているが、その目はずっとアルゴの方を見て動かない。

 あんな酷いことをされて忠誠心が揺らがないのは、洗脳されているのではないかと思ってしまう。

 もしそうじゃないとしても、何とかしてあげたいと思ってしまった。


「悪い…、まだ人間と戦うのは慣れていなくて」

「なんだ?ここまで来て負け宣言か?」


 ふぅ…、殺してはダメだ。

 けど、もう一生悪いことをしないように恐怖を植え付けなければ。


 そう、トラウマになるレベルの一撃をもってして。


「来ねぇのならこっちから行…」


 ドゴンッ!!


「…!?」


 もはや普通の人間には追いつけないほどの速度による拳の一撃はアルゴの後方にあった壁にぶち当たり、鼓膜を劈く炸裂音を撒き散らしながら壁を粉々に破壊した。


 ガラガラと地下が崩れ始め、上から瓦礫が降ってきて土埃が舞う。

 その中にいたレオを影越しに見たアルゴは恐怖で身体が固まり、声すらあげることが出来ない。


「…まだ制御出来ないな。次は当てるぞ」


 その言葉は全くの嘘である。

 レオは戦闘に関してのセンスは平凡な為、この世界に出てきて数回の人間との戦闘で殺すか殺さないかの力加減の調整感は得ていなかった。

 そして、選んだのは当てないように恐怖を植え付ける今の方法だった。


「こ、こうさ…」


 強ばる身体を無理に動かし、声を振り絞るアルゴを裏目にレオはもう一発、当ててように地面へと拳を叩きつけた。


「んだ…、降参だ…!」


 表を上げて見上げると、そこには既に腰が抜けて座り込み、涙を流すアルゴがいた。

 ガラガラと瓦礫の落下する音だけが木霊する地下室は一瞬の出来事過ぎて誰も声をあげれなかった。

 部下たちは、自分のボスは何故か炸裂音がした瞬間に泣き喚いているのだから状況が整理出来ないのだろう。


「じゃあ、約束通りその女の子は預かる。あ、勝負が終わってからで申し訳ないけど、もうひとつ追加させてくれ」

「は…え?」

「もう悪さはするなよ」

「あ、あぁ!!もう引退する!」


 今の炸裂音で気絶してしまったシェイエトを抱えて、もはや地下とは呼べないほどに崩落した地下室からジャンプで飛び出して外に出る。

 少しずつ明るくなる街を横目に俺はブルーサファイアへと帰るのだった。


 ―――


 朝起きたらレオさんはいなかった。

 少し不安になりながらも、レオさんの居場所を聞くためにカンナさんの所へ向かおうとしたが、一階の方で音が聞こえた。


「あ、おはよう。朝なのに随分と目覚めがいいな?朝強い感じ?」


 そう言って気さくに話しかけてくれるレオさんの肩の上には女の人がいた。

 気絶しているようでピクリとも動かない。


「いえ、朝は強くないです…。ただ、目の前に広がる理解不能な状況に頭が起きてしまったのです」

「え?何かあったのか?」

「あるんです!!レオさんの肩に!!」


 あぁ、と気の抜けた返事をすると話をすると言い、カンナさんも含めて朝食がてらにひとつの部屋に集まった。


「むー!むー!」

「むーむー言ってるけど大丈夫なのかい?」

「さぁ…?言いたいことが分からないんじゃ、こちらもどうすることも出来ないし」

「まずはそのガムテープを取ってあげたらいいと思いますよ」


 そして、美味しい焼き魚を食べながら今朝レオさんが何をしてきたかを語ってくれた。

 本当に朝に起きた話なのか疑いたくなったけど、レオさんの力は本物だし信じる他ない。

 まるで誰かの冒険譚のような話を聞かされて、箸が時折止まってしまう。


「黒躍団ねー。私の家に入ってきた連中もそうだった」

「そうだね。黒躍団のボスもそんなようなこと言ってたから間違いないと思う」

「じゃあ、レオさんは早朝の数時間でこの街にいる犯罪集団を倒したってことですよね…!凄すぎます!」


 この人について行けば安心だと本能がそう言っているような気がした。

 宛もないただ逃げるだけの日々にレオさんという刺激が加わったことによって、私の人生は変わっていく気がする。


 笑いながら朝食の続きを再開するレオさんを横目に、私は止まっていた箸を動かして焼き魚を食べ進めるのだった。

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