第9話 お礼
「う、動いてる!!」
「そうよ!私の料理は新鮮さを売りにしてるからね!」
し、新鮮って…。
この魚まだ生きてますけど…。
「わ、私のは動かないですよね!?」
「そりゃあ、焼いたからね」
エレナはそれを聞いてほっとしている。
こ、これを食べろというのか…。
チラッと女の人の方を向くと、笑顔で俺がどんな反応を見せてくれるのか待っていた。
「くっ…」
バラバラになった肉を一掴みして、出てきたタレにつけて口に持っていく。
「え、美味い」
今まで食べたことないような食感でとても美味しい。
「あ…、私の魚と少し交換しませんか…」
俺の反応を見たエレナはさっきはそんなこと言ったけど…、と言わんばかりに申し訳なさそうに俺に提案してくる。
焼き魚も食べたかった俺は交換しつつ、魚を堪能したのだった。
「満足してくれたかい?」
「おうよ!けど、気になったのが…」
俺はそう言いかけて、店を見渡す。
料理は美味かったがボロボロすぎて、とても気になっていた。
「あ〜、色々あってね…。今はひとりで全てこなしてるから、内装に回すお金がないのさ」
「そうなんですね…。とても美味しい料理なのに、内装のせいで人が来ないのは悲しいです」
「そう言ってくれるとありがたいよ。良かったらまた来てくれよ?」
そう言って笑顔で送り出してくれた女の人にお金を払い、再び通りに出る。
さて、どうしようかと思ったその時、嫌な気配が俺たちに向けられているのが分かった。
これは…、俺たちじゃなくて店の方か。
「エレナ、こっち来て」
「え、え?」
少し遠くに離れて、その嫌な気配のする方へ視線を向けるといかにも怪しい格好をした二人組みがいた。
「あの二人…。帝国軍ではなさそうですが…」
「だな。標的もあのお店のようだし」
しばらく観察していると、その二人組はお店に向かって一直線に走り出した。
「エレナ、寄り道してもいいか?」
「はい!特に目的がある訳でもないですし…、私も寄り道したい気分です!」
よし、じゃあそっと後をつけるか。
―――
数年前、私を男でひとつで育ててくれた親父が死んでしまった。
漁師をしていると死が間近にあり、いつ死んでもおかしくはなかったが、いざ居なくなると涙が溢れた。
何とか親父が残した店も残していきたいが、お金は底を尽きそうで1人で経営していかなければならない。
「おい、食事してる連中は外に出ろ」
私がそんな不幸な運命を嘆いていると、黒尽くめの男二人組が勢いよく扉を破壊して侵入してきた。
不幸は連続するもんだ、と運命に言われているような気がして嫌気がさす。
私は運んでいた料理を地面に捨て、両手を上げて降参する。
「やけに素直じゃねぇか。おい、今のうちに漁れ」
「ほいほい」
むしろここで諦めろと言われているような、やめる機会を与えてやったと言われているような気さえして、涙がこぼれそうになる。
「お、見た目の割に高そうなアクセサリーがあるじゃねぇか」
私が絶望していた時、黒尽くめの一人がそう呟いたのが耳に届いた。
「アクセサリー…!それは親父の大切にしていたもんだ!触るな!」
私は咄嗟に体を動かして、店中を漁る男を阻止しようと大声をあげる。
「誰が動いていいって言った?」
だが、それはもう一人の男によって阻止される。
誇りも思い出も汚されてしまったような気がして、私は絶望のあまり声が出せなくなった。
「ぁ…、はっ…!」
「ふっ、こいつ魚みてぇだな」
せめて、あの親父が大切にしていたアクセサリーだけでも…、守りたい…!
「この子は人間だ。黒く濁ったドブ魚と一緒にするな」
その言葉が聞こえると同時に私の上に座ってマウントを取っていたのは男が倒れる。
「え…」
「さっきのお礼、あれだけのお金じゃちょっと足りないかなって思って」
そこに居たのはさっき私が呼び込んだ男と女の二人組だった。
男はどうやったのか素手で黒尽くめの男を気絶させていた。
「おーい、アカウ…。あ?なんだてめぇ」
奥で漁っていたもう一人の男は新しく増えた男の登場と相棒が気絶させられていることを一瞬で判断し、獲物を取り出す。
あれは…、魚を切断する時に使う出刃包丁…?
「レオさん…!気をつけてください!」
「えぇ?俺がこんなチンピラに負けるとエレナは思ってる?」
「ちょ、集中してください!」
「分かってるって!」
「随分と舐められてるようだな!」
まるで夫婦漫才かのような茶番を挟んだふたりを睨みつけ、いきり立ち出刃包丁を真っ直ぐレオと呼ばれた男に向けて走り出した。
「きゃっ…」
カラン、と出刃包丁が地面に落ちる音がして目を開けるとそこにはまた気絶した黒尽くめが倒れていた。
「はい、俺はレオ。これでお礼は十分かな?」
「私はエレナです!人助けはいいものですね!」
「エレナは何もやってないけどね」
私はレオに手を差し伸べられて、ゆっくりと体を持ち上げた。
私の顔は自然と笑顔になる。
どうやら不幸の連鎖はここで終わったようだ。
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