第3話 取り残された人間
「見ればわかるよ」
「…私は逃げてきたんです」
「え?話し続けるの?」
「その理由は私が天才だから…」
何だこの子…、ポジティブシンキングに能力値振りまくっちゃったタイプか?
エリナはその言葉とは裏腹に少し顔を伏せ、声は暗いトーンになり、自分の過去を語り始めた。
要約すると、彼女には回復魔法の才能があった。それはそんじょそこらの回復術師を遥かに量がする程の技術と実力で、呼ばれた異名は「世界一の回復術師」らしい。
だが、その力にも制約があり、とてつもない魔力を消費するのだとか。
それで魔力を増強する人体実験を実の親にされそうになり逃亡。鎧を数個パクリ、ここまで逃げてきたのだという。
「なるほどね…」
「因みに私は貴族です」
「そ、そうなんだ」
鎧の隙間から見えるドレスは高いものだったということか。
しかし、この子も大変だな。行く宛てはあるのだろうか。
「逃げてきてどうするんだ?さっきの事情を聞いた限り、君の故郷に居場所はなくなっちゃったろうし」
「…私、さっきのあなたのパンチ見てました。地面を拳で陥没させてしまうほどの力を持ってるあなたに、私の護衛を頼みたいのです…!」
「陥没…、あぁ」
やはりあれは俺自身の力なのだろうか。さっきも気配に敏感になっていたり、俺は強くなっていたりするのだろうか?
とりあえず、今は俺も行く宛ては無いし、エリナと俺は状況が似ている気もする。
俺の力が役に立つなら、助けない選択肢はないな。
「俺で良かったらしてあげるよ。よろしくな、エリナ」
「は、はい!よろしくお願いします」
状況がそうさせているのか分からないが、貴族がバッ!と頭を下げてお礼を言えるのだから、両親はかなりいい教育をしてあげていたのだろうな。
なぜエリナの両親は人体実験なんかを…?
…今は考えても仕方ないか。今考える最優先事項は、これからどうしていくか、だからな。
―――
私が逃げて、逃げて、逃げた山奥の先に、少し開けた場所があった。
回復魔法を連発して、疲労を回復させているのだけれど、魔力の枯渇は魔術師にとって付き物。
そんなへとへとになった私の前に現れたのは、何故か地面を殴っていた男の人だった。
その人は短い黒髪が印象的で、体は細いはずなのにどこか力強い雰囲気を感じた。
草むらに隠れ、ようやく追ってを振り切って、心が落ち着いた気がした。それはその男の人が放つ、何だか優しげな雰囲気のせいなのかもしれない。
私はそう思った瞬間、口から自分自身の過去の話をしていた。
思い出すだけで、感情がごちゃ混ぜになってしまうようなそんな気分だったけど、何とか話し終わった。
そして、その勢いのまま私は護衛の話を切り出した。こんな話をした後に護衛の話をするなんて狡いことをしていると思うけど、私にはもうこの人しか頼れる人はいなかったのだ。
そんな私の思惑とは裏腹に彼は、笑顔で快く護衛の話を承諾してくれた。
彼の名前はレオと言うらしい。なんと優しい人なのだろうと、私は心底思ったのだった。
―――
さて、これからどうしようか。
「あ、エリナ。今大陸歴何年か分かる?」
「今は確か、三百九十六年ですよ。それがどうかしました?」
「三百九十六!?」
嘘だろ…?俺があの日、成人の儀式を行ったのは大陸歴七十二年だぞ…?
つまり俺はあの暗闇の中、三百二十七年間もさ迷っていたということか!?
「………」
「…どう、しました…?」
ははっ、確かにこれは無限地獄というなのスキルに相応しい地獄だったよ。
俺が知っている人達はもう既にいない。俺はこの世界から三百二十七年もの間、取り残されてしまった人間だ…。
「レオさん?」
「あ、あぁ。ごめん、なんでもないんだ」
母さん…、悲しい思いをさせてごめんなさい。俺はこの世界でしっかりと生き抜くよ。
あの日、母さんがスキルで作ってくれた血で作られた赤く、黒い小さな花のように。
「…なんでもないよ。移動する前に少しやりたいことがるんだが、少し待っててくれないか」
俺は近くにある大きな石を担ぐと、恐らく俺の家があったであろう場所に、持ってきた石を重ねていく。
近くにあった花を数本摘んでくると、その石の上に置いて、俺は手を合わせる。
母さんのお墓だ。ここで母さんが亡くなったのか、それすらも分からないが、作らずにはいられなかった。
「誰のお墓ですか?」
エリナが隣に来て、わざわざ片膝をついてお墓の前で手を合わせてくれている。
「母親だ。ここで死んだのかも分からない。けど、どこかに作っておきたいって思ったんだ」
「そうだったんですね。安らかにお休みになっていることを願います」
俺は涙が出そうになった目を、無理やり擦りながら立ち上がる。
行先は何も決まっていないし、この世界のことは何も分からない。
だけど、エリナと共に生き抜いてみせる。
俺はそう心に誓ったのだった。
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