第31話
「彼女は我が国の聖母神のような方ですね。美しく
今まで黙っていたゲイルが感極まったように口を開いた。彼の瞳の中には憧憬と同時に熱量が感じられた。
こうして彼女は自分を崇拝する男を作り上げているのかと、呆れつつも感心してしまう。男を
正義感に溢れ、困っている人を見捨てられず、自分にできる最大限で尽力するなど。何より他人の手柄を取り上げてそれを自分の物のように語っているわけではなさそうだ。商売をして領地経営を支える。すべて彼女の手腕なのだろう。
確かに、大層な女を妻にしてしまった。
だからこそ、初手を誤ったということだろうか。
「あの小娘は本当に面倒臭い。自分の美貌はよく理解しているし、賢いことも剣の腕にも自信はある。……だが、その反面どうにも引け目があるようにも見える」
「引け目ですか? 普通はそれだけ自慢できる要素があれば、自信に繫がるのでは?」
「それがあの小娘のおかしなところだ。なぜか自分の価値には無頓着だ。恐ろしいほどにな。たとえば顔もそうだ。噂を吹聴している馬鹿な
「悪ノリ……」
「ふん、社交界でも随分と惑わしておるわ。あろうことか若造が儂にまで喧嘩を売ってくる始末だ。あんな
「おかげで、噂に振り回されました」
それか、とアナルドは嘆息したくなった。
その噂のおかげで、妻に理不尽な怒りをぶつけてしまったのだから。
「お前の嫁だろうが、それを儂に押し付けていくからだ。嫁の管理ぐらいしっかりしておけ。それもあんな厄介な女だ! 口は減らない、引くように見せかけていつの間にか押し付けてくる。二言目には嫌みだ。この儂を手のひらの上で踊らせることばかり画策しよって、あの生意気な小娘め。何年も何年も、全く態度が変わらない。年長者を敬うということを教え込め。そもそも婚家の義父をもっと大切にしろと言っておけ。だいたいあの娘は──」
怒っていたのは自分だったはずなのに、いつの間にか立場が逆転している。
先ほどまで機嫌がよさそうに妻の話をしていたくせに、あっさりと手のひらを返されたことも腑に落ちない。これまで妻の態度に相当鬱屈した思いを抱えていたのだろう。芋づる式に思い出しては腹を立てているが、それは今聞かなければならない話だろうか。
アナルドは幼い頃にもされたことのない父からの説教を、朝早くから延々とされる羽目になったのだった。
=================
少しずつ変化していく、二人の関係。
二人の「一ヶ月限定の駆け引きの恋」の行方は――。
メディアワークス文庫『拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます』
上下巻、絶賛発売中!
拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます【書籍版】 久川航璃/メディアワークス文庫 @mwbunko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます【書籍版】の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます