第28話

 茫然自失のていのゲイルの横で、義父が訝しげに周りを見回した。


「話が見えないんだが?」


「最初の十年ほどはバードゥの単独行動ですね。主に災害に遭われた地域へ支援できるように多めに蓄えておいたのでしょう。この地域の水害の多さは異常ですよ、それなのに領主は何も対応しないのですからね。犯罪は犯罪ですが、致し方ない対応でもあると思われます」


 義父を軽くねめ付けて、バイレッタは話を続ける。


「数字が近年と比べて小さいことからも察せられます。ただここ数年の穀物が消える量は異常です。これほどの量など簡単に取引できるわけがありません。がいるんですよ、商売するにしてもね。ですが、個人の商いにも限度があります。それ以上の量をられているんですよ。最初の年で様子を見て、いけると踏んだんでしょう。翌年にごっそりと穀物を奪っていますから。これだけの量を必要とするのはただごとではありません」


 伯爵が領地に寄り付かなくなったのは二十年以上前だが、穀物が消えたのは直近三年が最も多い。ゲイルたちが絡み出したのは一、二年ほど前にあたるのだろう。バイレッタが無理やりワイナルドを領地に向かわせていた時期に重なっているのは皮肉な話ではある。


「ただ、その穀物の行く先が隣国だと聞いて不思議だったのです。ナリス王国は穀倉地帯でしょう。本来ならば、単なる穀物などそれほど必要とはしない。売れる物でもないのに、流れているのですから。病気が流行って自国の穀物への不信が高まったのですね?」


「その通りです。食べ物で病気が広がったので、根強い不信から自国の作物を信じられなくなってしまったのです……結果、誰も国内の作物には手を出したがらなくなった。自国の作物が余っているのに他国から買い入れすれば怪しまれて病気がばれますから、国は病気を隠すために国民に自国の穀物を食べることを強いました。民は病気になるとわかっても言われるまま食べるしかなかったのです……そうして幾人も死んでいきました。今牢に入っている連中は病で家族を亡くした者たちです。国のやり方に我慢ができず、少しでも他国から穀物を買い付けようと流れてきたのが私たちです」


 彼らはこうして、このスワンガン伯爵の領地に流れ着いたのだろう。


 これが盗賊の正体だ。


「どうして、私たちが隣国の者だとわかったのですか」


 ゲイルが、しっかりとバイレッタを見据える。隠しだてするつもりはないが、張り詰めた雰囲気に彼女は知らず息を飲む。


「領地内の村人に夜盗の情報を聞いてもほとんど得られませんでした。代わりに水害に遭った地域には見知らぬ男たちがバードゥの指示でやってきたとの話をいくつも聞きました。ここらあたりで男手が流れてくるとしたら、隣国からです。最初は敗走兵や帰還兵を疑いましたが、統率の取れた動きであっという間に橋を直してしまったと聞きました。実際にアナルド様にも手伝ってもらって確認にも行き、きっと一部隊の指揮官がいるのだと考えたのです」


「しかし、それだけでは隣国からという決め手にはなりませんよね。それに、『タガリット病』をなぜご存じだったのか」


「そうですね。種明かしをすれば、私はハイレイン商会の縁者なのです」


「なんと、ハイレイン商会の……!」


 ゲイルが目を見開いた。


 ナリス王国に半年に亘って支援をしていたハイレイン商会の名前はさすがに知っているのだろう。叔父が最近躍起になって手掛けていた案件だ。ここに来る前に会ったがかなりの金額が動いたようで、上機嫌だった。


「国民に病が広がっていると知っても、珍しい異国からの食べ物を持ってきていただいた。国民たちも喜んでいたと聞いています」


「加工して販路をひらいたのは会頭です。ですが、その食べ物こそ病を弱らせる薬なのですよ」


「あれがですか?」


「国王から直々に薬がないかと依頼があったと聞いております。魚醬は食べ慣れない者には抵抗があるものですから。練ったものを固めて粒状に加工しそれをほかの食材と混ぜて作ったのです。主食の代わりにもなりますから、しばらくすれば病も落ち着くでしょう」


「なんと……病の回復を見越して広めていただいたのか……」


「こちらも商売なので、完全に善意というわけではありませんが……国王と会頭は旧知の間柄と伺っております。困っているという話を聞いて会頭が動いたようですね。私はナリスの内情をよく知っておりましたから、穀物が流れるのも貴方たちの正体もわかったというわけですわ」


 叔父は確実に善意ではなく、金儲けを敏感にかぎ取っただけだろうが、何も貶めるようなことを広めなくてもいいだろう。身内が金にがめついなどと言っても、恥にこそなれ利になることはない。


「ありがとうございます、感謝してもしきれない……っ」


 うっすらと涙を浮かべてしきりに拝まれた。自分を神と崇めそうなゲイルの様子に、バイレッタは苦笑するしかない。


 商人は信用第一だが、サミュズは崇められるほどの徳のある人物ではない。叔父の裏の顔というか腹に一物隠している性格を知っているだけに、なんとも複雑だ。バイレッタは話を明かしただけで関わってもいない。よほどゲイルは人がいいのか。病に困っていたのは確かだろうが、だからといって物事の裏は読めたほうがいいだろうに。


 叔父は隣国に売り付けた恩を何倍も膨らませて回収する算段をつけている。今回のことは足掛かりにすぎない。現に戻ってきてもまたすぐに隣国に行くような手はずを整えていた。


「会頭の一存ですので、感謝ならば商会を利用していただければ結構ですよ。それよりも、ここで一つ取引しませんか」

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