第27話

 一瞬でゲイルの表情が変わる。一方でガイハンダー帝国に住む者はピンときていない顔だ。バードゥだけは事情を聞いているのか、神妙な顔で俯いている。


 ゲイルが驚くのも無理はない。ナリス王国とヤハウェルバ皇国が必死に隠している国家的な秘密だ。むしろ彼が知っているということは、なかなかの地位にあったという裏付けでもある。基本的には王族に近い者たちしか知らない情報のはずだ。国家機密ともいう。


 アナルドも聞いたことはないようだ。そもそも彼は南部で戦争していたので知らなくても当然だが、領主たる義父が隣国に興味を持たないのはいかがなものか。義父にもわかるように、バイレッタは知っていることを説明する。


「『タガリット病』は和平のためにナリス王国に嫁いできた皇国の王女の名前からとられた病名です。発熱と下痢を主症状に血便が出ます。まれに神経障害なども伴います。重症化すれば死に至る確率が高く、今ナリス王国でっていますが、基本的にはヤハウェルバ皇国の風土病でした」


「そうです。王女が感染していて、我が国に持ち込んでそのまままかられた。毒殺と言われていますが、病気だったのです」


 絞り出すような声だった。


 怒りか、僅かに震えているゲイルはずっとやりきれない想いを抱えていたのだろう。それほど年齢を重ねていないように思えるが、長年の疲労が溜まっているせいかずっと年上にも見える。


「嫁いですぐに単なる病気で亡くなれば多少の嫌がらせはあったかもしれませんが、これほど大事にはならなかったでしょう。もしくはたまたま不運が重なったと終わる話でした。それが戦争にまで発展したところにこの病気の恐ろしさがあります。感染率がとても高く、飲み水や食べ物からも感染するのです。王城から王都、町へと広がったんですね?」


 こくりと一つ頷いて、ゲイルは震える声で語り出した。


「治療法もなく、人が倒れる。恐ろしい早さで病は広がり、国にまんえんしました。けれど王女が原因だと告げることはできませんでした。和平のために嫁いできた王女が病という悪意を持ち込んだなどと告げようものなら、さらに国が混乱するだけですから。必然的に原因となるタガリット病という病名も機密扱いになりました。だが恥知らずなヤハウェルバ皇国は、王女を毒殺しただのと言いがかりをつけてきたのです」


 そうして和平のための婚姻が、泥沼の戦争へと向かっていく。


「ところがヤハウェルバ皇国には病気は広がってはいないのです」


「どういうことです。風土病だと貴女が言ったのでしょう?」


「風土病だからです。あちらでは、人が死ぬ前に対処できる。というか、そもそも重症化しないのです。ですから、王女が殺されたのだと思われたのですよ。健康的な年若い少女が突然死すれば、毒としか考えられませんから」


「対処法があるのですか!?」


 ゲイルが体を前のめりにしながら、食いついてきた。碌な治療法がないと思っていたのだから、こんなところでわかるのかと半信半疑だろうが、わらにも縋る思いなのだろう。


「あります。そもそもヤハウェルバ皇国とはうちも国境を接しています。ですが、ガイハンダー帝国でそのような病が流行ったと聞いたことがありますか?」


「多少、腹は壊すだろうが、死ぬことはないな」


 義父が首を傾げて考えながら、言葉を吐く。


「つまり、うちとヤハウェルバ皇国が食べているもので、ナリス王国では食べられていないものがあるのですよ。それが、重症化しない理由です」


「もしや魚、ですか……?」


 茫然と、ゲイルが答えた。


 バイレッタはこくりと頷いてみせる。


 海に面しているのはガイハンダー帝国とヤハウェルバ皇国だ。だが、ナリス王国は内陸国であり山岳地帯だ。魚は海に接していれば食べるかもしれないが、山間にある王都周辺では見かけることも少ない。


「今回効果が得られたのはとある魚で作られたぎよしようですけれど。食べる習慣がないのは魚と同じですよね。ですから、感染者が触れていない穀物にはなんの問題もないのですよ、アダルティン様」


「まさか、そんな……」


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