第26話



★★★



 ひとまず倉庫の火を家人たちとともに消した。


 家人にはバードゥのことを話していなかったので、皆、彼の指示には素直に従う。盗賊がやってきて倉庫に火をつけて逃げていったと告げれば使用人たちは一様にほっとしていた。侵入者以外に怪我人が出なかったことが幸いだ。義父とアナルドが盗賊を退治したと話したのでそれが尚更安堵を与えたようだ。


 戸惑った様子の執事頭を見る義父が不機嫌そうな顔をしているので、純粋によかったとは言えないのかもしれないが。


 夜も遅いこともあり、その場は一旦お開きとなった。


 一応、夜盗として現れた男たちは領主館の地下牢に閉じ込めてある。村で犯した罪人を閉じ込めるためのものだが、それほど広くはない。そんな場所に十五人ほどの夜盗が押し込められているのだから、ぎゅうぎゅうだ。


 ちなみに、バイレッタがこんとうさせたのは三人、義父は二人だ。残り十人をアナルドが捕らえたことになる。すごうでの軍人だ。一見瘦せ型に見えるのだから、狐につままれたような気持ちになる。


 後は義父の采配に任せて、与えられた部屋へと戻る。バードゥはバイレッタが突き付けた要望を元に義父と話をしているようだが、若い娘に睡眠は非常に大切だ。早々に引き上げさせてもらった。


 寝着に着替えてベッドに入った途端、心地よい睡魔に囚われた。襲撃に備えるため、浅い眠りが続いたので早々に片付いたことに安堵する。


 ぐっすりとはいかないが、一眠りして起きるともうすでに翌朝になっていた。そして義父に呼び出されたことを知る。


 話し合いの始まりだ。粗方の予想はついているのだが、相手の反応はいささか読めない。


 応接間に顔を出すとすでに顔ぶれは揃っていた。義父、アナルド、バードゥに盗賊団のリーダー格の男だ。


 男は赤みがかった茶色の髪をして、やたらと目付きが鋭い。破落戸ごろつきなどの落ちぶれた雰囲気はなく、目に光がある。


 アナルドを連れて橋の修理をしているところを眺めに行った時に、指示を出していた男だろうと察しがついた。


 バイレッタが部屋に入ると、一斉に視線が集まったが、できるだけ気にしないように歩く。


「遅れまして申し訳ありません」


 立っていたバードゥの案内にしたがって、義父の隣に座る。


「お前の話は一通りした。なぜ、盗賊たちが隣国所縁ゆかりの者だと思ったのか質問されたぞ」


「あら、もう話してしまわれたのですか?」


「そうでないと交渉の席にはつかんと、この男が言うのでな」


「ゲイル・アダルティンと申します、元ナリス王国重機部隊の補給部隊長を務めておりました。牢にいるのは私の元部下に当たります」


 ナリス王国はスワンガン領地の東に位置する隣国だ。三十年ほど前には戦争をしていた相手でもあるが、今は和平条約を結んでいるので穏やかな関係を築いている。だからこそ、義父は領地に戻らず王都で飲んだくれる生活ができていたとも言える。


 そもそもナリス王国は現在北隣のヤハウェルバ皇国ともう十年ほど戦争中だ。そちらに掛かりきりでガイハンダー帝国に目を向ける暇がない。帝国も南部と揉めていたので、批難できるものではないが。ただし、帝国が戦争をしているのは、国境線を勝手に越えて侵入してきた相手が言いがかりをつけてきたからだが、ナリス王国の戦争は少し趣が異なる。


 皇国から嫁いできた王女をナリスの国王が毒殺したため、報復の戦争だということになっている。表向きは。


 赤みがかった茶色の髪に茶色の瞳は帝国でも見慣れた色であるので、容姿で隣国の者と判断することは難しい。同じく彼の部下も似たり寄ったりの容姿だ。


 確かに事情を知らなければ、単なる穀物泥棒扱いしていただろう。ゲイルが不思議がるのも納得できる。


「そうですわね、どこから話せばよろしいかしら。私は『タガリット病』を知っているのです」


「なぜ、貴女がその病気を……!」

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