第25話
飛び込んだ義父の部屋では、二人の男が切り伏せられ床に転がり、もう一人の男が頭を抱えて
「ど、どういうことだ? 旦那様が、これほどの
「帝都での悠々自適な生活はこちらまで伝わっているのねぇ」
酔って妻に暴力を振るう姿を言っているのか、領地経営に無関心っぷりを言われているのかは定かではないが、剣を振り回して義娘を
「うるさい、貴様は少し静かにしていろ。バードゥ、申し開きはあるか」
剣先を喉に突き付けながら、義父が執事頭を睨み付けた。
彼は震える喉でありったけ怒鳴る。
「旦那様が領地を省みないから悪いのではないですか! 不作になっても、橋が壊れても、村が泥水にのまれても、穀物を強奪されてもお前たちでなんとかしろと仰られるばかり……私はできる限りのことをしただけです」
「それが、悪党と手を組むことか」
「そうでなければ、奪われるだけでした。彼らにも生活がある。取引をすれば、無茶なことはされませんよ。私は後悔しておりません」
きっぱりと告げたバードゥに、バイレッタは同情する。
「どう考えても悪いのはお義父様ですよ。むしろ彼はよくやったほうでは?」
「最終的に悪党の手引きまでして儂を殺しにきている時点で、救う価値はない」
「旦那様が帝都の軍を差し向けるなどと仰るから、彼らも逃げられないとふんで直談判に来ただけです! 命まで奪うつもりはありません」
「あ、それは単なる噂です。貴方たちに領主館に来ていただけるように仕向けただけですわ」
ふふふ、とバイレッタが笑うと、バードゥが愕然とした顔を向けてきた。
村々を視察で回りがてら、聞き込みをしているとやたらと橋や道路を修理している男たちの話を聞いた。彼らは別の夜盗らしき集団を撃退してくれるのを見たとの目撃情報が多かった。実際にアナルドを連れて確認すると、彼は男たちは大工などではないと認めたのだ。
そこで不審者たちの一団があちこちで目撃されているので領主が都の軍人を派遣して討伐してもらえるように頼んでいると話してみた。
とどめにバードゥにも伝えてみた。穀物泥棒と繫がっているのなら、確実に相手の耳に入れるだろうことを見越して。
さすがに都の精鋭たる軍人たちが討伐に来れば、逃げるのは難しいことくらい理解できるだろう。どうやら入り込んでいる一団は小隊程度の人数しかいないようだと推測できたので、ますます慌てるだろうと踏んだのだ。
義父が眉間の皺を深く刻み込んで、吐き捨てる。
「馬鹿者が、小娘の策に簡単に踊らされおって。お前たちが現れなければおかしな文書も使わずに済んだというのに」
「あら、お義父様に乞われたから対策を授けてきちんと応じましたのに撤回されては困りますわ。それに今後の領地経営に利益があると説明しましたよね。約束は約束ですわよ」
「あ、あの……策ということは帝都からの軍の派遣は噓なんですか……? 若様がいらっしゃるのは事前の偵察ということでは……」
「俺がここにいるのは別件だ」
執事頭から縋るような視線を向けられたアナルドは無表情のまま告げる。別件が何かはわからないが、それがますます真実味を帯びていた。
「ですから、貴方がいるほうが信憑性が増すと申し上げたでしょう」
「素晴らしい
肩を竦めてみせた夫に、にっこりと微笑む。
今度こそは、夫に勝った気がした。
しかしそれ以上に、彼が純粋に賞賛してくれたことがなんだか誇らしかった。彼は女だてらになどといってバイレッタを差別も批難もしないでいてくれた。
「あの……どういう?」
バードゥが聞いた。
「もちろん軍の派遣などありません。領地の醜聞をわざわざ広めることなど自尊心の高いお義父様がなさるはずありませんでしょう? 散々領民を放っておいて今更プライドなどとおかしな話ではありますけれど。内々の処理で手打ちとするそうですわよ」
バードゥは瞬きを繰り返し青い顔で義父を見上げた。
「だ、旦那様……あの、若奥様は何者なんですか……普通のご令嬢では?」
「息子の嫁だ。このたわけ者が、すっかり猫を被った姿に騙されおって。貴様が老獪なせいで、要らぬ恥ばかりかく。バードゥの顔を見ろ、まるで化け物にあったかのようではないか。ふてぶてしいところをもっと表に出したらどうだ。いや、むしろ直すべきだ」
「ほほほ、お義父様。面白いお話ですわね。こんな立派な淑女を指して老獪? 褒めるならばもっと言葉を選ばれたほうがよろしいですわよ。独特なセンスに言葉もありませんわ」
「そういうところがふてぶてしいというんだ」
小首を傾げてみせれば、義父は苦虫を嚙み潰したかのような顔をした。
「つべこべ言わずにさっさと動け。時間は限られているのだぞ」
「あら、ご機嫌斜めですこと。これ以上怒られないようにいたしますわね。では、ええととりあえず、こちらの要望は三つですわ。一つは盗んだ穀物の行方、一つは盗賊たちの正体、一つは倉庫の火消しです。優先事項は火消しですので、後の二つは終わったら、盗賊の方たちを交えてお話しいたしましょうか」
「は、は? ええと……」
「馬鹿者、さっさと動いて火を消してこい!」
きょとんとするバードゥに、焦れたワイナルドが一喝するのだった。
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