第24話



 カンカンカンっと鐘を激しく叩く音に、バイレッタは素早く寝台の上で身を起こすと、傍らにたてかけていた剣を摑んだ。


 扉を開けて廊下に出てみると、アナルドはすでに準備を整えてそこにいた。夜中だというのに、日中に見るシャツにスラックスという出で立ちだ。手にはバイレッタと同様に剣を握っている。


「本当に向かうのですか?」


 アナルドの声もはっきりしている。起きていたのかと疑いたくなるほどに落ち着いていた。軍人は夜間訓練や真夜中の行軍なども行うと聞いているので、夜に強いのかもしれない。


「普通はこういう時、大人しく隠れているものではありませんか」


「では、貴方は自室で大人しくされていてはいかがです?」


 言い捨て、彼の返事を待たずに走り出す。向かうは二階の反対の側にある義父の寝室だ。


 バイレッタの服は寝着ではなく、簡素なドレスだ。軍人が身に着けるようなズボンが欲しかったがさすがに用意していなかった。ここ数日はずっと普段着で寝ていたので、ようやく終わるのだと思うとどこかほっとする。


 時刻は真夜中だろう。うっすらとした月明かりの僅かな光だけで、すっかり慣れた廊下を進む。庭でも屋敷の中でも争うような音が、あちこちから聞こえてくる。


「俺のことではありませんよ、妻の話です」


「大人しい妻がお望みなら、よそを当たってくださいな」


 不意に階段の踊り場から現れた見知らぬ男の一撃をかわせば、後ろからついてきたアナルドがあっさりと切り捨てた。さすがに現役の軍人だ。けんさばきに余裕がある。


 細腕に見えてしっかりと筋肉がついていることは知っている。知ってしまったというべきか。抱かれていればいやでも実感する。だが素直に褒めるのはしやくだ。なぜかはわからないが素直に言いたくない。


 葛藤していると義父の部屋のほうから現れた敵に遭遇した。音を聞き付けてやってきたのだろう。今のタイミングに感謝した。おかげで夫に余計なことを言わなくて済む。


 相手が剣を振りかぶった瞬間にはすでに間合いに飛び込んで切り倒していた。バイレッタの剣は軽いのでスピード重視だ。初手に相手を無効化するのが一番手っ取り早い。


「お見事ですね」


「お褒めに預かり光栄ですわ」


 素直に褒められたのに釈然としないのは、自分は夫を褒めなかったからだろうか。それとも上から目線で褒められたからだろうか。


 立ち止まっていると裏手の倉庫に火が上がった。


「始まりましたね」


「襲撃経路は予想通りですが、想定していたより人数が多いようです。気をつけて」


 炎を見つめつつ夫を視界の隅に捉えると、彼は肩をすくめているようだった。この領主館の襲撃経路を絞って敵を誘い込んだのはアナルドの指示だ。さすがはこうかつさを得意とする彼らしい戦法だ。に狐などと呼ばれているわけでもないらしい。倉庫を燃やしたいと頼んだバイレッタに、それで庭からの追加の侵入経路を塞ぐように計画を変更していた。頼んでいた庭師は夜に倉庫を燃やすことを渋っていたが、これもアナルドが説得した。被害は最小限に収まるように上がった炎を見て、義父の部屋へと駆け込む。


 屋敷に燃え移らないうちに事を収める必要がある、つまり時間との勝負だ。進むと向かってくる男と出くわした。迷わずに切り捨て、目的の部屋に飛び込む。


「ご無事ですか、お義父様」


「随分勇ましいな。お前は軍人にでもなるつもりか」


「あら。どうせなら可憐なお姫様を助けたいものですが……そのようなお口がきけるのでしたら無事ということですわね」

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