第21話




 領地視察三日目の昼下がり、バイレッタはアナルドについてきてほしいとお願いした。


 彼は少々考え込んで無表情のまま頷いた。そのまま二人で馬車に乗り込む。行き先はぎよしやに伝えてあるので、着くまで待つだけだ。


「妻からのお願いというのは新鮮でいいですね」


「冗談など仰っていないで、真面目に確認してください」


「確認ですか。何をでしょう」


「着けばわかります。あまり話すと舌を嚙みますよ」


 相変わらずの悪路をゴトゴトと馬車が進みながら、バイレッタはひたすらに黙り込んだ。一刻ほどして目的地に到着すると、アナルドは馬車を降りて目を瞬かせた。


「ここは、先日来た村ではありませんか?」


「最初に視察した村です。覚えていますか」


「もちろん、覚えていますが。ここで何をしようと?」


 バイレッタは村からやや離れた小高い丘の上で馬車をめさせた。思った通り、ここから村が一望できた。


「あちらを確認できますか」


 バイレッタはまっすぐに腕を上げて、指し示した。


 その先には村を訪れた時にアナルドが修理すると話していた橋があった。今、その橋の修理のために幾人かの男たちが集まっている。その中心には赤みがかった茶色の髪を持つ長身の男がいた。橋のたもとに立って、何やら指示をしているようだ。屈強な男たちがその指示に従って橋を組み上げていた。


 きびきびとした動きは遠目からもよくわかる。


「なるほど、これは不思議ですね」


「やっぱり一目でわかりますか」


「そうですね。大工などが来るかせいぜい隣の村の男たちが来るのかと考えていました。けれど体つきが違いますし、動きも機敏だ。それに帰還兵の一個小隊がスワンガン領地に住みついたとは聞いたことがありません」


 彼の視線は男たちの動きに注視している。確認してほしいことは詳細を伝えずとも察してくれたようだ。やはり夫は頭がいい。


 アナルドの回答にバイレッタは満足げに頷いた。


「やっぱり狙い通りでした」


「妻が何をたくらんでいるのか、興味が深まりましたね」


「言っておきますが、別に戦争を引き起こそうなどとは考えていませんよ。領地を守りたいのは私の願いでもあります」


「そんな気配があるのなら、すでに俺が軍を率いて貴女を捕らえていますからご安心を。それより、どうするつもりなのです」


「ですから、餌を撒いたと言ったでしょう」


 笑顔を向ければ、夫は目を瞠って短く息を吐いた。


「妻の笑顔が油断できないと父がこぼしていた理由がわかりました」


「あら、お嫌いなお義父様の話をちゃんと聞いていらっしゃるのね。ですが、お義父様はなんでも疑ってかかられるのでみになさらないほうがよろしいのでは?」


「特に嫌ったことはありません」


 バイレッタをワイナルドはよく油断ならないだのろうかいだのと揶揄するが、夫と義父がそんな会話をしているところを見たことがなかったので純粋に驚いていた。彼も義父と二人で会話することがあるのだ。


 だがバイレッタの驚きは夫の無表情で返された。つまり特にこだわる必要のない相手ということだろうか。


「グズグズしていて相手に見つかっては問題ですから、今すぐ退散しましょう」


 バイレッタはアナルドの返事を待たずに彼の背中をぐいぐいと押して、馬車へと戻るのだった。

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