第18話






 最初の村の視察を終えて、夕方にスワンガン領主館に着くと、心底ほっとした。


 高い塀に囲まれた門の間を過ぎ木立を抜け、前庭につける。その先に帝都にある家よりも広大な年代ものの屋敷が見えた。古めかしいが、きちんと手入れの行き届いた建物はどこまでも美しい。夜中だというのにあちこちに灯りがついており明るい。奥にはせんとうがあり、その横にはいくつかの倉庫がある。それだけで裕福な領地経営であることを物語っている。


 執事頭のバードゥがうやうやしく頭を下げて出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、旦那様」


「うむ。しばらく滞在する」


 義父に続いてバイレッタとアナルドが降りれば、執事頭は目を丸くした。


「若様?」


「うん、久しぶり」


 十数年ぶりの再会のはずだが、なんとも軽い挨拶だ。だがさすがは執事頭である。すぐに笑みを深めた。


「戦地から無事にご帰還のこと、およろこび申し上げます」


「ああ」


「若奥様もさぞご安心されたことでしょう」


「そうね」


 口を開けば余計なことを言いそうで、バイレッタは極力短く答えるがげんに思うこともなくバードゥは穏やかに頷いた。


「しかし先日、査察官殿が帝都へ戻られたばかりですよ。何かありましたか」


「まあ少し確認することがあってな。お前が気にする必要はない」


「左様ですか」


 バードゥはそれ以上何も言わずに、屋敷へと案内した。


 査察官からは執事頭の指示で穀物の横領をしていたと聞いているが、彼は少し疑わしそうな視線を向けただけだ。ばれないという絶対の自信でもあるのだろうか。もしくはあまり追及しては疑われるのではないかと恐れているのか。


 聞きたいことはあるだろうに取り付く島のない義父の態度に、どう話をしようか考えているのかもしれない。


 こっそり義父を見やればいつも通りの尊大な様子でバードゥの後ろを歩いている。さぞや気をんでいるのかと思えば、そうでもないらしい。内心はわからないが、外面的には動揺は見られない。


 それほどの興味がないと言ったらどうしてやろうかしら。


「若奥様のお部屋はいつもの場所ですが、寝台が狭いので夫婦でご一緒はできません。若様の部屋はその隣にご用意するということで、よろしいでしょうか」


「ええ、構いません」


 突然来ることになった夫が悪いのであってバードゥが悪いわけではない。もちろん部屋が別で困ることもない。むしろ夫とは部屋が別と聞いて胸を撫でおろしたほどだ。彼が異論を唱える前に素早く頷くと、アナルドがバイレッタの耳元に囁いた。


「部屋が別とは困りましたね」


 メイドの案内で部屋へ向かいながらちらりと夫を見やると、相変わらず何を考えているのかわからない無表情だ。全く困った様子はない。ちなみにこの移動の間は馬車の中なので、そんな素振りを大っぴらには見せず、手を取られたくらいだ。ワイナルドもいたので当然だろう。


「あら、ゆっくりと眠れてよいのではありませんか」


 帝都からほとんど休みなく馬車の中で揺られていれば、相当に疲れがまっている。何より寝台が恋しい。


「そうですね、一緒だととても眠れませんからね。どうにも貴女のぬくもりは、妙に癖になります」


「左様ですか。では、ぬいぐるみを抱いて眠ることをお勧めいたしますわ」


 言い回しが微妙で、意味がわからない。それはつまりどういう感情だろう。妙な癖になるから不快ということか。喧嘩を売られているということだろうか。


 バイレッタは腹立たしく思う気持ちにも不愉快で足音荒く、与えられた部屋へ向かうのだった。

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