第12話



「ええ。貴女が勝てば離縁に応じましょう。ただし、俺が勝てば一生妻でいてもらいます」


「殿方は本当に賭け事がお好きなのですね。生涯のことをそんなお遊びでお決めになられる……」


「では、やめますか。貴女は籠の鳥のまま、俺に囲われて終わるだけですよ」


 男というのはどうして主導権が自分にあると思い込めるのか。傲慢な台詞に呆れ返りつつも、結局女という立場にある自分には選択権などないにも等しい。


 これまで積み上げられてきたバイレッタのきようひそかに火がともる。


「どちらを選んでも自由がないのなら、きますわ」


「ふっ、それでこそ貴女だ」


 今が初対面のはずだが、彼は自分の何を知っていると言うのだろう。それほど底の浅いつもりはないのだが。


 いらたしさを隠して首をかしげてみせる。


「それで賭けの内容は?」


「人生を賭けるのだから相応のものでいかがでしょう。一ヶ月、俺が貴女を抱いて赤子ができるかどうか、というのは」


「なっ」


 さすがのバイレッタも言葉に詰まった。


 今まで後生大事にとっておいたというよりも興味もなくこの年まで来てしまった。さすがに生娘というにはとうが立つ年齢だ。だが実際に生娘なのだから仕方がない。だが、愛してもいない男に肌を許せるわけもない。それが賭け事ならば尚更だ。


 しかも、子供とは。


 生まれてくる命の扱いのなんと軽いことか。戦争をしていると兵の数は命でなく単なる数字に思えるという。長引く戦火に彼の感覚がしているのか。それとももともとの性格だろうか。


 一方で、一ヶ月我慢すれば自由になれると囁く声もする。赤子が一ヶ月抱かれただけでできるかどうかはわからないが相手に分の悪い賭けであるようにも思われた。


 子供が欲しいと嘆く夫婦の話はちらほらと聞く。


 これは夫なりの最大限の譲歩なのでは、と脳裏に浮かぶ。いや人を馬鹿にしていることには変わりない。なぜこれほどに嫌悪に近い憎悪を向けられているのかバイレッタにはわからなかった。


 そもそも嫁いでくる時に夫に純潔を散らされるのだろうと一度は覚悟をした身だ。もちろん逃げ出す算段ばかりつけてはいたが。つまり抱かれることは仕方ないと諦めていた。


 譲れないのは、一つだけ。


 それでも自由が欲しい。


「どうされます? 俺は貴女がこのまま妻でいるというのなら受けなくても一向に構いませんが」


「内容を再考いただくわけにはまいりませんわよね」


「多少のリスクは覚悟の上なのでは?」


「なぜ妻にリスクを問うのです」


「戦地にいた間放置していた俺も悪いのですが、離縁したいとわがままを言う妻の要望を聞き入れるのですから、双方それなりのリスクが必要ではありませんか」


 妻の我儘ときた。


 引っ掛かりはするが自分は商売人だ。


 商いをする上では、確かにリスクを覚悟している。だが、回避できる手立てを打つのが一流の商人だ。吟味する時間もないうえに、目の前の男が意見を変えないだろうことは容易く予想できた。


「わかりました、一ヶ月ですからね。約束は守ってください」


「ええ、守りますよ。なんなら、念書を書いてもいい」


「では、ご用意していただけますか」


「わかりました。これで了承と受け取りますよ」


 彼はそう言うなり突然、バイレッタの上に覆いかぶさってきた。


「な、なんです?」


「賭けの始まりですよ。まずは初夜といきましょうか」


「しょ、初夜!? まだ念書をいただいておりません!」


「でも申し出を受け入れてくれたでしょう。どうせ今やっても後でやっても、やることは同じです」


「や、やるって……きゃあっ」


 文句を言おうとする前に、あっさりと寝着の合わせを広げられた。


 まろび出た乳房にカッと顔に熱が集まる。


 抱かれる覚悟をしたのは八年前だ。突然戻ってきてまさかすぐに求められるなどと誰が想像できるというのか。混乱する頭を羞恥が襲う。


「何するのっ」


「妻の体を確認しているだけですよ。思ったよりも綺麗な体ですね。ほら、隠さないで」


 夫が胸を隠していた腕を外して頭の上でまとめてしまう。暗いといってもカーテン越しに差し込む月の光や廊下から漏れる光で十分に視界は利く。隠すこともできずに上から下までじっくりと眺められて、羞恥がいや増す。


「腰はこれほど細いのに、なんとも豊かな胸ですね。これで何人の男を誘惑したのやら……」


 どういう意味だと問う間もなく、夫は胸に手を添える。与えられる刺激に自然と甘い声がこぼれた。ピリッとした刺激が腰に響く。


 初めて感じる愉悦に戸惑いながら、必死で体を宥めるが全く効果はない。


「待って、やあ……変なの」


「感じているだけですよ。素直にがってください」


 ゆっくりとなぞるように下りていく手に全身が戦慄わななく。触れられるだけで甘い声が止まらなくなる。


 初めて体を触られているというのに、抵抗らしい抵抗もほとんどできない。未知への恐怖を感じるかと思えば、そういうこともなくむずがゆくなるような感覚に襲われるだけだ。


 混乱する頭は次第にもやがかかったように働かなくなる。自分に裏切られたかのようなショックを感じた気もするがすぐに思考は千々に乱れた。彼の手も舌も信じられないほど気持ちがいい。体中にぞくぞくとした快感が走り抜ける。


 そのまま彼の手が細い脚を持ち上げたが、ぼんやりとして彼のなすがままだ。


「いい子ですね。ほら、めて」


 口元に彼の細くて長い指がつき出された。夢うつつのようなぼんやりした頭では言われた通りに舌で舐めとってしまう。それだけなのに、心が不思議と高揚してくる。不意に指が引き抜かれた。


「ん……」


「そんな物欲しそうな声を上げなくても、すぐに満たしてあげますよ。ほら、こちらのほうがいいでしょう?」


 彼の指で内側に小さな火花がぜた。あまりに強烈な感覚に思わずアナルドの体に縋りついた。


「あっ、んんっ……なにっ」


な振りなどしなくても、きちんとしてあげますよ。心地いいでしょう」


 彼の指で体の奥の熱がどんどん大きくなる。えも言われぬ愉悦が広がり、顔も声もとろけさせていく。


「ああ……っ」


「淫らな体だ。物足りない顔をしてないで、欲しいのはもっと奥ですか」


 激しく翻弄され声が抑えられなくなる。ひっきりなしに続くきようせいに彼は口の端を上げた。


「思う存分に乱れて構いませんよ、俺に妻のことを教えてください」


 こうして八年越しの初夜はゆっくりと過ぎていくのだった。

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