第7話
それから八年の歳月が流れた。
取り立てて特筆すべきことのない八年間だった。義父が聞けば渋面を作って反論してきそうだが、自分の中の結論はそうだ。
今、バイレッタはとある店の前にすっかり大きくなったミレイナと並んで立っていた。小さかった少女はすでにバイレッタと背丈がほぼ同じだ。やや目線が下になるくらい。立派な淑女に成長して義姉として誇らしくもある。
初夏の涼やかな風がミレイナのスカートの裾を揺らしている。そんな姿も
二人が立っているのは、帝都のガイデイア通りとランクス通りの南西、大通りに面した店の前だ。落ち着いた外観の小さな店だが、木の扉は白く塗られレースの飾りがついていて一部だけ華やかな雰囲気を醸し出していた。
扉を開けて涼やかな呼び鈴の音色を聞きながら中に入ると、数着のドレスが品よく飾られて、壁に
洋装店だ。
バイレッタは数人の母娘が楽しげにドレスを選んでいる横で、目当ての棚に近づくとミレイナを手招きした。
ここはバイレッタがオーナーとして開いている店だ。
なので、どこに何があるのかは熟知している。カラフルなドレスが飾られた一角は今期の新作であり、バイレッタの一押しの商品だ。可愛いデザインは愛らしいミレイナにとてもよく似合うだろうと一目見た時から思っていた。
戦争が激化していた頃はいらなくなったドレスを洗濯して仕立て直すという作業をメインにしていた店だ。派手な装いは眉を顰められていたため、服飾にかける浪費もたとえ貴族といえどもままならない風潮だった。だが、ご婦人方にも付き合いもあれば着飾りたいとの思いもある。なので、手持ちのドレスを細工して別のドレスを作る商売を始めた。一から仕立てるよりも半分以下の値段で新しいドレスが出来上がるため、あっという間に人気になった。出張して自宅にあるドレスを手直しするという依頼も受け付けている。これが思いのほか、需要があった。
体面を重んじる貴族であれど、どこも内情は厳しいものだ。質素倹約を掲げている風潮に乗れば、
何より常に最新の流行を取り入れた斬新なデザインを
だが戦争もそろそろ終結に向かっていると聞いて、方向転換を図った。
既製品と呼ばれる大量の衣服を提供する店に変えたのだ。その代わりに一部はセミオーダーメイドを受け付けている。既成の型に自由に布地の色を変えられて、ボタンや飾りなどを選べるシステムを導入した。もちろん軍とも組んで軍人の日用品やシャツや
女だてらに事業家として忙しく働いている。恋愛や結婚から逃げ回っている最大の理由でもある。本当ならば未婚のまま仕事をしていたかったが、夫がいない結婚生活も悪くないので現状のままひとまず仕事に没頭していた。
店番の店長がバイレッタに気がついて軽く会釈してきた。だがそれだけで、すぐに接客へと向かう。オーナーである自分がミレイナを連れてきた時はプライベートだとわかっているから干渉してくることもない。
義妹が瞳を輝かせて店内を見回しながら、飾られたドレスを眺めてはほうっと息を吐いている姿は年相応で微笑ましい。
「ミレイナも新しいドレスを作ってみる?」
「いいのですか」
「もちろんよ。新作が出たところだから、今なら好きなデザインを選べるわよ。このシリーズは人気が高いからすぐに売り切れてしまうの。今のうちに可愛い
「ありがとうございます。レタお
二人でドレスを囲んでいると、くすくすと背後から笑い声が聞こえた。
「そうしているとすっかり仲のいい姉妹だね」
「叔父様、いらしていたの」
「ああ、時間がとれたからようやく可愛い
振り向けば長身の男が両手を広げてバイレッタを出迎えた。
黒に近いこげ茶の髪色がさらりと揺れ、
サミュズ・エトー。四十手前だが随分と若々しい容貌をしている。その一方で端整な顔立ちは
ハイレイン商会という帝国のみならず大陸全土に店舗を持つ商会の会頭でもある。ちなみに、バイレッタの店も彼が資金を出してくれたものだ。
「お帰りなさい。叔父様はお変わりありませんか」
その腕の中に飛び込んで抱擁を交わしながら、バイレッタは叔父の顔をじっと見つめた。顔色はよさそうだ、と一安心する。
「商談で少し国元を離れていただけだ。可愛い可愛い姪に会えたのだから今はとても元気になったよ」
サミュズは半年ほど商談のために東隣のナリス王国へと足を運んでいたのだ。
大きな額以上に、有意義な商談だったのだろう。内容が内容だったのでバイレッタも心配していたが、表面上は問題なさそうだ。
「敬愛する叔父様の活力になれるなら嬉しいですわ。いつお戻りになられましたの?」
「
「すっかり大きくなったのだから、ミレイナみたいに成長はしませんわよ」
「確かにミレイナは半年見ない間にすっかり淑女になったね。それは認めるけれど。だからといって、お前はしばらく見ていないと何をしでかすかわからないから油断できないんだ」
叔父はバイレッタが義妹を可愛がっていることをよくわかっている。しょっちゅう店にも連れてくるので二人は
「あら、失礼ですわね。私だって十分に淑女ですわよ」
「国一番の高等学院に入ったと思ったら騒動ばかり起こして。卒業したと安心した途端に私が商談に行っている間に嫁いでいるし。結婚して少しは落ち着いたかと思えば、店を拡張して縫製工場も勝手に建設していたじゃないか。さてこの半年で君が何をやらかしたのか聞くのが怖くもあるね」
全くもって笑っていない翡翠色の瞳を見つめて、思わず視線を
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