唇はやわらかく

「またみんなでどこかに! 」


「はい、明里さん。またどこかに! 」


「アクチーニャはまだまだイベントやりますよ! それにこれからは桃さんも加わってパワーアップです!」


成田に迎えに来た車に乗った星宮明里さんは『箕崎あかり』として今いる世界に帰っていった。


思い出を語り合う人々であふれる成田空港。

その雑踏をかき分け成田エクスプレスの乗り場へ歩いていく



『あゆむ君、千葉は潜ったことないの? 来年の夏には真理と千葉の海を潜ろうよ』


『千葉かぁ、でもやっぱりオーストラリアのグレートバリアリーフと比べちゃうとね.. 』


『また、せっかく誘ってるのにそんな事言うのね。ねぇ、疲れたから、どっかお店入ろうよ』



後ろを振り向いた!


雑踏から聞こえた微かな会話。

その自慢げに話す口調に聞き覚えがあった。


しかし、もう姿は見えなかった..


「どうしたんですか? 桃さん? 」

萌恵ちゃんが私を見つめる。


「 ..ん? ううん、別に。知り合いかと思ったけど人違いだった」


「ふ~ん」



新宿駅に着くと萌恵ちゃんは中央線、竹内君は丸ノ内線、そして私は京王線に。


「桃さん、また連絡しますね。サークルのこれからをいろいろ相談しましょう! 」


「うん。私に出来る事があるなら何でもやるよ。ダイマスの竹内君もいるしね」


「はい、任せてください! 」


****


電車は京王線笹塚駅に着く。

見慣れた光景が目の前に広がる。


海外にいたのが夢の出来事のように感じる。


ダイビングキャリーをゴトゴトと音をたてながら家路へ歩く。


◇LINE

「帰ったよー 七海! 」

「おおー! お帰り」


「太郎丸は明日迎えに行くね」

「うん。このまま私が飼ってもいいよ」


「絶対迎えに行くから! お土産と一緒に」

「うん。じゃ、お土産と旅の報告は明日楽しみにしてるよ」


眠い。


疲れた。


家まで歩いて帰るにキャリーバッグは重く『タクシー乗ればよかった』と少し後悔。

でもお金、節約しなきゃね。


夜9時をまわっている。

南国帰りに日本の11月はやたら涼しい。

そしてサラッとした空気はどこか気持ちが良かった。



柿沢自動車整備会社の看板が見えて来た。


「この荷物、上に担いでいくの マジ大変っ! 」


2階への階段をマジマジと見つめてつぶやく。

一段ずつ登っていくしかない。


—ゴトゴト.. カン


——ゴトゴト.. カン



「お帰り。旅は楽しめましたか? 」



「 ..えっ」


声のする後ろを振り向く。


その姿を見て私は.. 私は!



手を離した荷物が崩れ落ちる。けどそんなの関係ない。


2段目から飛んで.. 私はその人に抱き着いた。



「哲夫さん!! 」



飛びついた私を受け止めきれず、2人は肘やお尻を地面に打ち付けた。


「痛たたた」

「イテテ.. 」


私は哲夫さんの胸に顔をうずめる。


「 ..哲夫さん、寂しかった.. すごく寂しかったよ。もうどこにも行かないで。 行っちゃいやだ 」


「桃さん、僕は君が好きだ。初めて会った時から君が好きだった。君をもう離さない」


「 ..はい。私も大好き」


哲夫さんの唇はとてもやさしく、私の全てを包むようだった。


再び胸に顔をうずめる。 

哲夫さんの匂いがする。


もっと抱きしめて....




「桃さん、旅は楽しめましたか? 」

「 ..はい。とっても! 」

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