それでも、あの海が愛おしい~ボホール島編

ボートの上で最高のフルーツ三昧をしていると、青い海の向こうから一層の船が近づいてきた。


ひとりが大きく手を振っている。


船がボートに横付けされると、手荷物を持ったおばちゃん2人がボートに乗り込んできた。

抱えたザルの中には貝で作ったアクセサリーやTシャツなどが入っている。


「コレ、キレイな貝ダヨ! 」


手作り工芸品やお土産物産の行商おばちゃんだ。


まさかこんな風に船に乗り込んで売りに来るとは思わなかった。


「オネエサン、凄くキレイ 似合うよ! こっちのオネエサンは可愛いね。これいいよ! こっちの健康そうなオネエサンこのTシャツいいよ」


綺麗は明里さん、可愛いは萌恵ちゃん、私は健康そうなだけかい!


せっかく来てくれたおばちゃんを手ぶらで返すわけにも行かないので、旅の思い出として3人でお揃いのシェルビーズブレスレットを購入することにした。


おばちゃんたちは『トテモヨク似合うよ! 』とさらにTシャツも広げ始める。

商魂がたくましい!


「おい! あれに乗ってあそこの島に行きたいのだが交渉してくれ! 」

と言う声が聞こえた。


香川さんがおばちゃん達の手漕ぎボートを休憩時間中に使いたいと我儘を言いだしたのだ。


「NO、ソウイウノやってないデスヨ。ショップはそういうサービスしてナイデス! ゴメンネ。交渉したいなら自分でやってクダサイネ! 」


香川さんは自分の連れている女の子に交渉しろと言い始めた。


女の子は困り顔をしながらもおばちゃんに交渉を始める。


仕方がないという顔をしてボートを貸すことを承諾した。


こんな我儘まかり通るなんて..


私たちが見守る中、香川さんは櫂を手に取り、やがて島に上陸した。

そして白い砂浜からこちらに両腕を振っている。


「マヤさん、このまま置いていきませんか? 」


私は思わずマヤさんの耳元で言ってしまった。


「ホント、このまま置いていきたいな、あのジジイ.. 」


マヤさんの呟きを私は聞き逃さなかった。


そして少し意地悪く『もう出発しまーす!! 』と叫んだ。


ほんの数分の島への滞在。

それでも何かをやり遂げた顔をして香川さんはご満悦だった。


いったい何なのだろうね.. ヤレヤレ..


ボートが戻り、おばちゃんたちは『アリガトネ、タビヲタノシンデ! 』と言い残し、次のダイビングボートを目指して船を漕ぎ始めた。


商魂たくましすぎる!


—3本目はバリカサグ-『カテラドル』を潜る。

シマハタタテダイの群れやカスミチョウチョウウオに囲まれる優雅な景色の中、イソギンチャクに住むティレルズアネモネフィッシュという南国のクマノミと出会う。


そしてワイルドなドロップオフをドリフトダイビングへと続く—


全てのダイビングを終え、圧巻の光景を見せてくれたバリカサグの海を遠くに、船はパングラオ島へ戻っていく。


盛大な夜のパーティにはまた新たな旅行者が加わり大いに盛り上がっていた。


だが、私たちは早々にパーティから抜け、部屋で身内だけの打ち上げをすることにした。


身体の調子を戻した竹内君は、バリカサグの圧巻なダイビングの話を聞くと自分も見てみたかったと悔しがっていた。


「俺は、今回未練が残りました。だからまた、ダイビング旅行に行きましょう!! 」


そんな突然の竹内君の宣言に


『うん、そうだね』と4人は拳を突き出してコツンとあてる。


その夜、旅の思い出をお酒の肴に語り合った。

話は尽きなかったが、萌恵ちゃんがウトウト舟を漕ぎ始めると、竹内君は自分の部屋に戻った。


静まりかえる部屋の中。

窓の外を月が照らしている。


「明里さん、私、明里さんを応援してます。もし心を解放したい時には萌恵ちゃんと私、竹内君がいる『アクチーニャ』に帰って来てください。約束ですよ」


「桃ちゃん、ありがとう。また一緒に潜ろうね」


夜が終わり、朝日が昇る。

私はいつものように散歩に出る。

そして鼻腔を広げ胸いっぱい潮の香りをかいだ。


フィリピンとも今日でお別れだ。


そう思うと私の心は早くも、伊豆の海が恋しくなった。

このダイビングで圧倒的な体験をしたとしても、初島のコケギンポ、ジョーフィッシュ、イルカ、黄金崎のマダイ、ネジリンボウ、ミジンベニハゼ、井田のタカベ、スズメダイなどが愛おしい。

すぐにでも伊豆の海に潜りたい気持ちが抑えられない。


私はやっぱり伊豆ダイバーなんだ。



多くの思い出をカバンに詰め込み、私たちは、再び、極寒のフェリーに乗りセブ島へ。

そして飛行機はセブ空港から日本へ飛び立つ。


窓から見える異国の地は小さくなっていき、やがて霞の中に消えていった。

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