ナイフよりも妖刀~ボホール島編

砂だまりに『ニチリンダテハゼ』の姿。

見た目はダテハゼ、でも背ビレに立派な日の出模様を持っている。

洋名が多い海外の魚のなかでホッとする和名。


お目にかかったのは2本目の『ライトハウス』の海。

『ドゥオル』同様にゆったりとしたポイントだ。


黄金崎でよく見かけるササハゼみたいなハゼもいた。

でも背びれには目のような模様が2つ。

まるでカニがこちらを睨んでいるように見えるのだ。

敵を威嚇するための擬態なのだろう。

名前はそのまま『カニハゼ』


〇〇ティオル〇〇リライ〇〇チェットゴビー

などという名前じゃなくてよかった。


イソギンチャクにはカクレクマノミが2匹、親子かな?

やっぱり可愛いなぁ♡


1日目の2ダイブを終えバンカーボートはゆるりと港へ帰って行く。


ダイビング器材は運び出されると、メッシュバッグごと大きな水槽でジャブジャブ洗われる。

なんてワイルドな洗い方.. これは服や壊れやすそうなものは入れられない。


ホワイトボードに今日のポイント名や出会った生物が書かれ、ログ付けが始まった。


しかし香川さんはログ付けに参加せずに、女性を連れて自分の部屋に戻ってしまった。

終始、身体のどこかに触れては撫でまわしている。


「桃さん、明日もあのおっさんと一緒なんですかね。俺、なんか嫌なんですよね」


「それは竹内君の心にやましいものがあるからじゃないかしら? 」

竹内君の言葉を聞いて、明里さんがグサリとした返しをする。


「はは.. そんなことないっすよ。正直な話、あの子の目線が痛くてね」


「へぇ、本当.. 『痛い』っていうのはどうして? 」


ナイフというより妖刀、無感情な目はダニでも見るかのように冷たく竹内君を見下げる..



「あ、明里さん、竹内君が、な、泣いちゃいますよ」


いたたまれず萌恵ちゃんが間に入った。


「ははは。冗談よ。軽く竹内君をからかってみたの」


「はは.. 軽い冗談っすよね、もちろん.. ヨカッタ..   死ぬかと思った.. 」


涙目の竹内君はしばらく明里さんに視線を合わせなかった。


世には人の命を奪いかねない視線が存在することを初めて知った。


****


夕飯までの自由時間、私たちは浜辺で夕日を眺めた。


紫色の夕焼けは太陽が沈むと青紫色に変わっていく。


私たちはぴったりと寄り添いながら夕闇に消えていく海の波音を聞いていた。


サッサッサッと音がする方を見ると竹内君が砂浜を走っていた。



そんなゆっくりと流れる時間が旅の疲れを癒してくれた。



その後、私はメッシュバッグに入れていた日焼けクリームを取りに器材置き場に立ち寄った。

すると、ちょうどマヤさんが器材の整理をしていた。


「あ、マヤさん」

「どうでした? ここの夕焼け、綺麗でしたでしょ? 私もここの夕焼けの虜になったんですよ」


「はい、すごく綺麗でした。あれ?? 」


「あ、びっくりしました? カタコト日本語じゃなくて驚かしちゃいましたね 」

「え? 日本語ちゃんと話せるんですか? 」


「ははは。実はキャラ作りしているんですよ。ほら、私って顔がまるっきり西洋人だから、みんなが想像する外人キャラにしてるんです。これ、秘密ですよ。みんなには内緒にしてくださいね」


「は、ははは。徹底してますね.. 」


「これって結構便利なんです。言葉がわからないふりしてとぼけることもできるし、何といってもトラブル回避にもなるんですよ。カタコトの日本語で注意すると相手は大概、反論してこないんですよね。超便利! 」


「じゃ、今のマヤさんが地なんですね」

「はっはっは。その通りです。 じゃ、ご飯になりますので準備が良ければダイニングに来てくださいね」


変わっているインストラクターっているもんだ..


ダイニングでの夕食は他の旅行客も一緒に賑やかに行われた。

豚の丸焼きやバターケーキなどもふるまわれ、ちょっとしたパーティのようだ。

酒も入りパーティはますます盛り上がっていく。


そんな中、明里さんは部屋でひとり食事をとっていた。

もしも明里さんを知っている旅行客がいたらサインや写真を求められてしまうからだ。


私は明里さんと一緒にいたかったので、萌恵ちゃんや竹内君よりも一足早く部屋に戻った。

ふたりで旅を祝して乾杯をした。


「桃ちゃん、ありがとう」

自然にあふれ出たようなその笑顔がとても可愛くみえた。


近くにいるだけで安心できる。

私はそんな明里さんが大好きだ。

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