TVではない現実~ボホール島編

私たちのボホール島への道のりはまだ遠い。

マニラ空港で入国した後、国内線マクタン・セブ空港まで90分のフライトがあるのだ。


そしてセブ島にあるホテル『インペリオーソ』に1泊し、翌朝、フェリーに乗ると、ようやくボホール島に到着する。


まさに『旅』という感じだ。


私がフィリピンの地に降り立ち、1番最初に感じたのは、この匂いだ。

この独特の匂い。

なんとなくガスっぽいような。

なじみのない匂いに違和感を感じてならない。

この匂いはマニラからセブに移動しても変わらなかった。


おそらくこれが国の香りなのかもしれない。


前に聞いたことがある。

欧米人が日本に来ると味噌や醤油の匂いがすると。


という事は..

私は自分の胸元や腕をクンクン嗅いでみた。


『(私、醤油臭くないかな?? )』


セブ空港には世話になるダイブショップ『フェスティボ』のスタッフが、お出迎え。


車は空港回りの整然とされた区画から街に入っていく。


通り沿いには昔の日本にもあった個人商店のような店が並ぶ。

街並みや看板がこの国の雰囲気を醸し出す。


車はさらにマクタン島からセブ島へ入る。


信号に車が止まる。

通り沿いに子供がひとり。

薄汚れたシャツ、下半身はなにも履いていない。

その子の後ろには、泥をかぶった酷い状態の家々。

もはやバラック小屋とも言い難い。

日本人の私には衛生的と言えない場所に佇む人々。


子供の瞳はまっすぐ私を見つめている。


TVやドキュメンタリーで何度も見てきたような風景。

だけど、この風景はTVじゃない、確かに現実に私の目の前にあるのだ。


それが私には衝撃過ぎた。


不意に風で土煙が舞い上がると景色が霞んでいった。


車内ではスタッフの人が旅を盛り上げるため冗談や笑い話をしてくれる。

でも、その楽しそうな笑い話が、あの風景と乖離しているため、余計に私の心に刻み付けた。


これが東南アジアの旅情だというならあまりにも悲しい。


車はホテル『インペリオーソ』に到着する。

私たちが荷物を降ろしていると7、8歳くらいの男の子、女の子たちが手の平を広げ近づいてくる。

何かをしきりに言っているが何を言っているのかわからない。

汚れた服を着た子供たちをホテルマンたちが『シッ、シッ』と犬や猫にするように追い払う。


いや、わかっていた。

言葉が違っても手を伸ばす子供たちが何を言っていたのかわからないはずがない。


私は目を背けながら逃げるようにホテルの中に入った。

まるで自分が悪いことをしているような気持ちだ。


あんなに貧しく、あんなに物を求めている小さな子供たち。

私は何?

ダイビングを楽しむ?

なんて贅沢な人間なのだろう。

それなのに私は.. 私は子供たちを追い払った側の人間だ。


あの子供たちの瞳を思い出すと旅行を楽しんでもいいのだろうか? という疑問が沸き上がる。

気持ちがすっかり沈んでしまった。


「桃ちゃん? 大丈夫? ショックだったんじゃない? 」


部屋に入ると明里さんが淡々と言った。


道路沿いにいた子供、さっきの物乞いをする子供たちを目の前にした自分の心境を語った。すると明里さんは教えてくれた。


「私たちは私たちの生活の中で今がある。彼らは彼らの生活の中で今がある。今の自分と今の彼らを比べて罪悪を感じることはないよ。私たちができることがあるのなら、それはこのフィリピンの旅を楽しんで、このホテル、町や店でお金を使うことだと思うよ。それがこの国に住む人々の生活の糧になるのだから」


私はなるべく気持ちを切り替え、明里さんが言うとおりにしてみようと思った。


夕食前までの間、萌恵ちゃんと竹内君が近くを散策するという。

明里さんにも誘われたけど私は部屋に残った。

さっきの感情の揺れとは別に、単に旅の疲れもあった。

少し眠りたかった。

明里さんはしつこく誘うことなく『戸締りだけは注意して』と言い出かけた。


夕食時、テーブルにて街での土産話に花が咲いた。


「桃さん、竹内君すごく頼りがいあるの! 『俺はこれでも英語は得意なんだ。こういう旅では値段交渉にこそ旅の醍醐味があるのだよ。だから俺に任せて! 』と言っていたから、様子を見ていたの。『LOW! LOW! DOWN! DOWN! PRICE! OK? 』って言ってたっけ。そして買ったのが、このTシャツ! 『交渉の上、かなりお安くなりましたぞ、姫』って得意げな顔もしてたっけ。でもね、同じTシャツを普通に購入していた明里さんのほうが安い値段なのはなぜなのかなぁ?? 」


「ひでぇ! そうやって俺を笑いものにすればいい!! 」


みんなの笑顔に私も大きく笑った。


テーブルに並べられるのはメインの豚肉料理、ラプラプの甘辛煮、ガーリックライスなどフィリピンのオーソドックスな料理の数々。


味は.. うん! 日本人好み!!


食後にお酒が振舞われ、クラシックギターの音色が聞こえて来た。


当然、私の耳はピクンと反応した。


どこかで聞いたことがあるイタリアンクラシックな音色。

悲しげでロマンティックな曲にうっとりする。

演奏が終わると大きな拍手を贈った。


=====


—翌日


「うう~寒い! 寒すぎですよ! 」

真夏仕様の竹内君は、さっきから同じ言葉を繰り返す。


でも、その通りだ! わかる!

フィリピンの人たちは冷房をキンキンに冷やしすぎだ!!


ボホール行きのフェリーの中は日本の11月よりも寒い状態だった。


薄手のカーディガンを羽織っていても寒いんだから半袖、ハーフパンツの竹内君はかなりきついだろう。


一方、明里さんはかなり暖かそうな上着を着こんでいる。

寒がる竹内君が『何でそんなに用意がいいんですか? 』と聞くと。


「伊達に沖縄にいたわけじゃないわ! 」


と言う明里さんの顔はドヤ顔だった。

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