わたしのIE②

——IE試験2日目

私はいつもより早起きし、沿岸を散歩した。


風は冷たい。

でも抜けるような青空に富士山がとても綺麗。


そしてまだ誰もいない土肥101へ行き、プールを眺める。

プール水面には青い空が映りこんでいた。


****


——午前


プールにおいてスキルプレゼンテーション試験が行われた。


試験内容は『浅い場所で生徒にダイビングの基本スキルを教える』だ。

スキルのプレゼンはもちろん、ブリーフィングも評価対象だ。


また、スキルそのものの成熟度、完成度を評価するスキルサーキットも行われた。

このスキルサーキットでは、他の候補生と共同で行うスキルもある。


私は『相手候補生のスキルが私の足を引っ張るのは嫌だな.. 』と思っていた。


午前中の試験全般において、私は他の候補生に比べて優秀だと自負していた。


****

——午後


試験は学科プレゼンテーションへと続く。

それぞれが与えられた学習項目についてプレゼンテーションするのだ。

話の構成、必須項目などがきちんと含まれているかが評価を左右する。


他の候補生のプレゼンは、はっきりいってつまらないものばかりだった。

私は自分の番が来ると『学科プレゼンとはこういうものだ』とばかりにプレゼンを開始した。


「ダイブマスターコース 第3章 『生徒ダイバーがスキルをする手助けをするときの3つのステップ』」


手元にレギュレターとコンビニのおにぎりを用意する。


「みなさん、これは何だかわかりますよね。そうです、コンビニの手巻きおにぎりです。では『これをどうぞ食べてください』と言われたら? 簡単ですよね! いつものように、まずは真ん中のビニールを降ろして両端をつまんで海苔を巻きます。あとは食べるだけ」


おおきな口を開けておにぎりをひと口食べる。


「でも、コンビニのおにぎりを買ったことがない人に、このおにぎりを差し出したらどうすると思いますか? まずは全ての包装を開けて、おにぎりを取り出して自分の手で海苔をまいてしまいますよね。いつも当たり前のように簡単にやっている事でも知らない人にとっては、『当たり前』でも『簡単』でもないのです。これはダイビングでも同じです。まずは実際に目の前でやり方を見せることが大切。実物を用いて説明することが大切なんです 」


場内からの拍手にちょっぴり得意げになっていた。

プレゼンの評価は5点満点中4.8!

それは当然の結果!

当然の評価だと思った。


すべての試験項目が終わり、その日のうちに合格発表が行われる。


ひとりひとり名前が呼ばれ試験官と握手を交わしていく。


私の名は呼ばれなかった..


名前を呼ばれた者は、合格記念撮影の為、プールサイドへ移動した。


「なんで? 上手くやったじゃない! ここの誰よりも上手だったのに.. 」


さっきまで賑やかだった教室の空気は静かに落ち着いていた。


「柿沢さん、ちょっといいですか? 」

「 ..はい」


試験官の呼びかけに廊下のベンチに座った。


「柿沢さんのスキルはとても高いものでした。先ほどの学科プレゼンテーションも拍手を贈るくらい素晴らしかった。でも、残念なことに1カ所。1日目の海洋プレゼンテーションで1カ所の見落としがありました。それは『講習中に離れてしまった生徒をまとめることをせずに講習を修了させてしまった』事です。これは『監督を怠り、生徒の安全をおびやかした』ということになります。これはインストラクターが決して見落としてはならないことなんです。 次回、もう1度この海洋プレゼンテーションを受けてください。 そしてもう一度、柿沢さんの素晴らしいパフォーマンスを見せてください。私たちは未来の柿沢さんに期待しています」


この連絡は、試験官から片岡さんへいち早く伝えられたそうだ。


店に帰るとしゃぶしゃぶの用意がしてあった。


「今日は良い肉を買ってきたからいっぱい食べて元気出せ、タロちゃん! 」

「そうだよ。桃ちゃん、次回があるよ! 」


「大丈夫ですよ。私、他の候補生より優れているって感じましたから! 」


私は明るく切り返した。


「ははは! そりゃ大きな土産だったな」


そういうと片岡さんは鍋に具材をポンポン投げ入れた。

横で陽菜乃さんがニコニコといつもの癒される笑顔を見せてくれた。



そうだったんだ..

頭が悪い私でもようやくわかった。


『私は、何もわかっていなかったんだ』ってことが。


私はあの場で、ただみんなを見くびって馬鹿みたいに得意になっていた。


IEは自分を自慢する場所じゃなかった。

あそこは出発点でしかなかったんだ。


みんなはそれを知っていた。

私だけがわかってなかった。


片岡さんの言葉の意味を私は全然理解していなかったんだ。


席に着いてうつむくと、知らずに涙がこぼれた。

私は気づかれないように涙を拭った。

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