わたしのIE①
陽菜乃さんのIE合格を受け、私の講習が急ピッチに行われた。
海洋プレゼンテーションではスキル的な事ではなく、アシスタントを使った講習生のまとめ方などをよく修正された。
また海に入る前のブリーフィングで私が多くの事を語ろうとすると指摘が入る。
『多くの情報を入れてしまうと「大切な情報」がぼやけてしまう』
端的に適度な情報、そしてユーモアセンスが大切らしい。
——そして3月、IE(Instructor Examination)の日を迎えた。
試験会場の土肥101の2階会議室にダイブマスターが集まる。
ここではインストラクター候補生と呼ぶのがふさわしい。
試験官から日程スケジュールや試験の説明、また各受講生の学科プレゼンの課題が渡された。
どの候補生もダイブマスターとして歴戦をかいくぐって来たような顔つきをしている。
候補生の多くはゴム生地6.5mm『ロクハン』と呼ばれる真っ黒なスーツを着ている。
そのスーツから漂う迫力に私は多少飲まれていた。
一通りの説明を受け、班分けが行われると、さっそく海洋プレゼンテーションが行われた。
指定されたスキルについて講習をおこなうのだ。
生徒役はもちろん他の候補生たちだ。
指定されたスキルは『マスククリア』『レギュレターリカバリー』だった。
【まずはインストラクターが見本を見せる】
【生徒ひとりひとりに同じスキルをやってもらう】
【間違っていれば正す】
【生徒が安全に行えるように全体の監督を行う】
ショップの練習で行われていた通り、これが試験内容だ。
この試験、実は試験官からこっそりとハプニングが仕込まれているのだ。
それを見過ごしてしまうと大きな減点となってしまう。
班の人数は5名、ひとりずつインストラクター役になり試験を受けていく方式だ。
私の順番は最後の5番目だった。
ひとり、またひとりと試験を受けていく。
生徒役はスキルの方法を間違えたり、列を乱したりしながらハプニングを作り出す。
だが、ハプニングは大げさに行う事。
決してわからないようなハプニングをしてはいけない。
『今、間違えてますよ』と伝わるように行うのは候補生同士の『暗黙のルール』と言ってもいい。
なぜなら、それも各IDCでコースデレクターに教えられている事だからだ。
合格者に定数が定められているわけではない。
わざわざ他の候補生を落とすようなマネなどする必要はないのだ。
ある候補生は海老のように体を折り曲げてマスククリアをしたり、またある候補生は目立つように列を崩したり、オーバーアクション気味にハプニングを起こしていた。
私は、他の候補生のパフォーマンスを見て思ってしまった。
「私のほうが断然上手い」と。
他の候補生の試験が終わり、いよいよ私の番が来た。
水温14度、4人分の試験を動かずに待っていた私の手先は寒さに震えていた。
そういえば片岡さんはこんなことを言っていた。
『冬の試験は寒さが辛い。中にはお漏らし対策にオムツをはいて受ける奴もいる』
確かに.. 冗談ではなかった。
それよりも手先が震え、唇の震えが止まらない。
(だけど、負けない! )
私は気力でインストラクターらしく余裕のあるデモンストレーションを行う。
そして生徒のスキル評価を行い、生徒の間違いを正した。
ひととおり終わった。
私はすぐさま試験官に『全て完了』の合図を伝えるため振り返った。
そして再び生徒の方に向きを直す。
微妙な列の乱れが目に入った。
それはハプニングとして乱れているのか、それとも試験終了となり候補生が発生させた自然の乱れなのか区別がつかなかった。
とにかく端にいる生徒が少しだけ離れているように感じた。
——午前の海洋プレゼンテーションが終わり、午後は筆記試験。
オープンテキストで行われる試験だが10cm以上もあるインストラクターマニュアルから問題の項目を探し当てるのはかなりの手間だ。
ひとつひとつの項目にインデックスシールを付けてきて正解だった。
手ごたえはまずまずだった。
——1日目、全ての試験が終わる。
候補生たちは宿へ帰ると、翌日の試験に課された学科プレゼンテーションの組み立てを行うのだ。
私の課題は『ダイブマスターコース 第3章から「生徒ダイバーがスキルをする手助けをするときの3つのステップ」』だった。
私は宿をでると、プレゼンテーションのアイデアを探しに近くのコンビニエンスストアに向かった。
日常的なものを例にとり、それをダイビングに当てはめる話法を何度も練習をしてきたからだ。
(何かないかなぁ.. )
ただただ考え込みながら店内をうろつく私は、周りからは不審者にしか見えないだろう。
さすがにばつが悪くなりお弁当のコーナーに行った時、あるモノが目に入った。
(これだ! )
私が手にしたのは何処のコンビニでも普通に売られている『手巻きおにぎり』だった。
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