助けるのは私!

「桃ちゃん!! あと3往復! 」

詩織さんの檄が飛ぶ!




詩織さん、もうダメです..

もう手が上がらない。

足もつりそうだ。

もう立ってしまおうか。



でも、もしその先で七海が溺れていたとしたら.. 私があきらめてしまったら助けることが出来ない。


だからあきらめちゃダメなんだ。

助けるのは私だ!!




=====


私はダイブマスターコースを受ける事に決めた。

だけど泳力テストはかなりの難関だった。


「ねぇ、七海どうしたらいい? 400mも泳ぐんだって、私が! 何かアドバイスちょうだいよ。七海、水泳経験あるって言ってたじゃない。」


「アホか! それは小学校の時に水泳教室に通ったことがあるってだけだ」

すかさず切り返すと七海はプリンを口に入れた。


「そんな~ 」


「 ..じゃ、報酬を要求する。何くれる?? 」

「ここシャイゼリアンの『プリン&ティラミスクラシコの盛り合わせ』×2でどう? 」


七海はメニューを見ると

「おお~。×2って奮発したね。わかった。じゃ、まずは根本的なアドバイスをここで伝えよう! 」


「う、うん」


七海は指を1本立てながら言った。


「根性!! 」


「何、それ! 詐欺だ! 」


「いやいや、もっちん、これは真面目な話だよ。何かを期間内で習得するには、ある程度の覚悟と根性は必要だよ」

「でも、それだけなの? 」


「あわてなさんな。 じゃ、明日、区民プール行こうよ」




翌日から七海水泳教室が始まった。


「ねぇ、なんで七海は水着じゃないのよ! 」


七海は短パン・Tシャツでプールサイドに立っていた。


「私はコーチだよ。私が泳いでも仕方ないじゃん」


「なんでよ! お手本みせてよ」

少し不満をもらす私。


「もっちん、前にも言ったけど、私は少しかじった程度だから、たいしたアドバイスはできないよ。でもそれでいいんでしょ? 」


「まぁ.. うん」


口をとがらせる私にさっそく指示を出す七海。


「じゃ、まずはこの25mを往復してよ」

「50mも? ..うん、わかった」




「はぁ はぁ .. どう? 」

「なるほど。じゃ、わかりやすく3つだけアドバイスするよ」


①フォーム

もっちんは顔が上がりすぎ。それと左右に無駄にぶれてる。

もっと顎を引いて水の抵抗を無くす流線形にすること。


「あ、ダイビングでもその流線形ってあるね! 」


②前に伸ばす手をもっとまっすぐ、もっと先の水をかくように!

前に大金があると思って手を伸ばす!


「なるほど! お金ね! それは欲しいね! 」


③水をかいた手を自分の腿に当てるようにして推進力を作る。


「それは難しそう」


2つまではピンと来たのに最後のは今一つわからなかった。

七海はプールサイドから「こんな感じに手をするんだよ」と説明するけど、私はそんなに器用じゃない。


「仕方がないな」

七海はTシャツと短パンを脱いでベンチに置いた。


「なんだ、水着着て来てるじゃん」


「できれば、水に入りたくなかったんだよ。でもこうなりそうな気はしていた」


プールに入ると七海は50mを泳いでくれた。

さすが、経験者の泳ぎは違う。

私みたいにバシャバシャしないでズンズン進んでいく。



「もっちん、息こらえて浮いて」

「浮く? うん」


「アホか。クロールなのに仰向けに浮いてどうするのさ。ちょっと息をこらえてうつぶせになってよ」

「あ、そっか。ゴメン」


私がうつぶせになると手の動かし方を教えてくれた。


そして..

「ラストに! 」

「それって4つになるよ? 」


「おだまり! これはもっちんには最大のアドバイスなんだから。


  『もっちんが泳ぐ先には、溺れている私がいる』



=====


「がんばって! 」

詩織さんの檄が聞こえる。


「(そうだ。まだ、泳げる! 少しつらいだけだ! この先の七海を助けるんだ! )」


「はい! ラスト10m!  5m!  3m! はいストップ!! 」


「はあ.. はあ.. 」

息づかいが声となって出る。


「タイム8分18秒、がんばったね! 桃ちゃん! 」



「や、やったあ! 」


「じゃ、あとは15分の立ち泳ぎね」

「.. 」


血の気が引く思いとはこのことだ。

でも、この1カ月半、七海の練習メニューをこなした成果だ。


そしてこの水泳の特訓はありがたい副産物を生んでくれた!


=====


翌日、柿沢自動車の朝。


「太刀さん、おはようございます」

「おはよう、桃ちゃん。 あのさ、なんか最近身体引き締まってない? すごく痩せたような? 」

「えへへへ、わかっちゃいます?  さすが太刀さん! 」

私は二の腕を見せた。


「相良さん、おはようございます」

「おはよう。桃ちゃんやつれてるね。下痢でもしたの? いい薬あるよ。俺も下痢なんだよね」

そう言うと、相良さんはカバンから腹薬を差し出す。


「相良さん.. ダメね.. 」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る