ペチュニアの鉢植え

2日間の合宿もあっという間に終わった。


3連休最終日の今日は、ゆっくり疲れを取ろう。

部屋の片付けもしなければならないし。


片づけをする部屋は私の部屋ではない。


9月をもって貸出しが終了した哲夫さんの部屋だ。


もう試験勉強は必要ないのだから当然なのだろう。


その部屋をこれから片付けようと思う。


[ コン コン コン ]


「もっちん、遊びましょ! 」


(小学生か! )


3連休、暇していた七海が退屈に堪えきれず遊びに来た。


「うわっ! また真っ赤になってるね。シミ大丈夫? もっちんの美しい肌にシミが出来たら七海ちゃんは悲しいよ」

「大丈夫だよ。日焼けはしたけど、スキンケアは明里さんに教わっているから」


「明里さん! その明里さんの話で凄い事が起きそうなんだよ! 」

「なに? なに? 落ち着いて話してよ」


あの『お月見会』において、女性陣は明里さんの美しさにあてられていたのだが、その中で一番感嘆していたのがシューファだった。

そのシューファが母親の会社のイメージキャラクターに明里さんを推しまくっているというのだ。


だが、シューファの母は白樺のような純朴で美しいシューファを推したいのが本音だ。

シューファは「私を白樺というなら明里さんはサルスベリのような艶やかな美しさがある」と一歩も引かない。


「それでどうなったの?? 」

「シューファは今まで乗り気じゃなかったんだよ。親の力で抜擢されたと思われそうだしね。でも『明里さんと一緒ならいいよ』って言ったらしいんだよ」


「なんか凄い話になりそうじゃない? 」

「だから凄い事になりそうって言ったじゃない! 」


シューファの母は某有名ジュエリー会社のCEOなのだ。

その絶大な影響力を持つ母の推しならば、もう決定と同じだ。

そのイメージキャラになるってことは街には明里さんとシューファのポスター、メディアにもCMが打ち出されるだろう。なるほど、純朴なシューファは若い女の子、艶やかな美しさを持つ明里さんは大人の女性をターゲットにすれば、これほど良いイメージキャラはいないだろう。


「これってすごくワクワク案件じゃない? 」

「ワクテカってやつだね」



私は凄くうれしかった。

どこか自らをしまい込もうとする明里さん。

彼女はもっと多くの人の憧れの存在になってもいいのだ。



「ねぇ、私これから哲夫さんの部屋の掃除するんだけど手伝ってよ」


七海はあまり気が進まなそうな顔をしたけど、私の視線を感じると気持ちを切り替えて気持ち良く手伝ってくれた。


****



テーブルの上に私が飾ったペチュニアの鉢植えはもうなかった。

たぶん捨ててしまったのだろう。


テーブルを拭いていると引き出しから一枚の紙がはみ出ていた。




「桃さん。男らしさの足りない僕はなかなかあなたに名古屋の事を言いだすことが出来なかった。司法試験に手ごたえを感じた頃から『名古屋』のことを自ら隅に追いやりながら、あなたに接していました。

僕にはその瞬間瞬間がとても愛おしい瞬間だったから。


それでもやはり僕は僕の夢を貫きたい。あなたが『一生懸命夢を追う人はニートなんかじゃない』と言ってくれたことを宮野さんという方から聞きました。だから僕は夢を叶えようと思います。この意志は誰にも曲げることはできない。


そして僕にはもうひとつの夢があるのです。

それを今、あなたに伝えることは僕のエゴのような気がして言うことができなかった。

この先もあなたと一緒の時を過ごしていきたい。


僕はこの夢を叶えるためもう1年一生懸命がんばるつもりです。

この意志も誰にも曲げることはできない。


こんな形でしか伝えることが出来ない僕はやっぱり弱いんですね。

もう少し強くなって戻ってきます。

そして『大切な言葉』はその時僕の口から伝えたい。


あなたはあなたの思うままに過ごしてください。

そんなあなたに僕は憧れていたのだから。


あなたがこの手紙を見つけるのがいつになるかはわからないけど、こんな手紙でしか今の思いを伝えることが出来ないことを、あなたを一瞬でも傷つけてしまったことを申し訳なく思っています。

どうかお身体に気を付けて元気でいてください。

僕も栄養バランスに気を付けながら生活します。


水谷哲夫

追伸、先日スマートフォンを契約してきました。

僕のメアドだけ伝えておきます。

petunia @〇〇〇.com





「馬鹿だね。大正時代の男じゃあるまいし、もっと器用に生きれないのかね?

またもっちんを泣かせて。   でも、よかったね、もっちん」


「 うん ..うん! 」



今も私のペチュニアは、きっと哲夫さんの元にあるんだ。

そのことが凄くうれしかった。

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