月に照らされる人魚姫

合宿の片づけがあらかた終わり、黄金崎の岩肌が名前の通り黄金色に輝くころ、私は自分の器材の準備をした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ナイトダイビングは暗くならないうちにシリンダーにスキューバ器材をセッティングする。

そして軽器材をはじめ、身に付けていく道具を紛失しないようにわかりやすく準備しておくのだ。


夜の海にダイバーの存在を示す道具としてケミカルライトが使われる。

シリンダーに結ばれたケミカルライトはダイバーの数だけ赤、朱、青、黄、白とまるでアイドルコンサートさながら夜の海を彩る。

そのケミカルライトをシリンダーにしっかり結びつける。


潜る前のブリーフィングは最も大切で、はぐれた場合の決まりはひとつにしておくのも良い方法だ。

はぐれたら、水面へ浮上し合流。もちろんライトで場所を知らせることも忘れずに。


また、暗い海で他のグループと交差してしまった場合のためにグループ独自の合図を決めておくことも推奨する。

交差した際に自分のグループはライトを縦と横に繰り返し振り続けるなどを決めておけば、自分のグループを見失うことがない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


暗闇の中、ガイドの平子さんに促されながらエントリー口に足を落とす。

黒い波が月明りに照らされるとキラキラと静かにほどけていく。


[ チャプン〃 チャプン〃 ]


と音がする。


夜の海は静寂そのものだった。


着地点へライトを照らしながらゆっくりと潜降する。


岩の上には鋭い棘を持つウニの仲間がワサワサと群がっている。


フィン先がウニを弾いたが、すぐに中性浮力を保ちながら安全な砂地へ向かっていく。


ロープの近くには、寄りそうように小さな魚がいる。

私の手が触るくらいに近づくと、ハッと気づいたように逃げていった。

どうやら眠っていたようだ。


ガイドロープ沿いに進むと黒く長細い生物が横切る。


ヘビ?


一瞬たじろいだが、平子さんの水中ノートには「ハナアナゴ」と書かれていた。


(ああ、アナゴ丼)


食べ物が浮かんだのはお腹が空いていたせいかもしれない。


そのままロープを進行していくと、大きなナメクジとナマコを足したような生物、いやクリチャーと呼んだ方が良いようなモノがノソノソ歩いている。

ぜひ、想像してみてほしい。40㎝もあるナメクジを..


これは『タツナミガイ』という貝の仲間らしい。

昼は砂に潜っているのだ。


(海の砂には、こんな生物が潜んでいるのだ.. )



途中、ロープ近くに漂う魚を指すと


『ヒメヒイラギは光る魚だよ』

と書かれていた。

その時、意味がわからなかったけど、魚の中には発光器官を持つ種類がいるらしいのだ。


発光!

そう、発光するものは他にもあるのだ。

平子さんがライトを砂地に伏せる。

辺りの暗闇が深くなる。


平子さんが手を振るとそこから青い光がほとばしった。

まるで魔法使いが棒をふったあとのような青い光だ。


私も慌ててライトを伏せ手を振ってみた。


夜光虫。


その放物線を描くケミカルな青い光、なんて幻想的なのだろうか。


砂地に横たわる巨大なヒラメ!

ギロリと睨まれた私は一目散にその場を逃げた。


エキジットのためにゴロタに近づくと、岩の間から高級食材・イセエビが顔を出している!

イセエビが入ったお味噌汁が飲みたい!


浮上するため水面を見つめる..そこには9月の綺麗な月がゆらめいていた。

ゆらめく月の魔力に自分が人魚姫になった気分だ。


『人魚姫』は愛する人と幸せになれた話だったっけ? ?



月は陸に上がった私の影をくっきりと水面へ映している。

空を見上げると薄い雲が月を隠し始めた。

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