隣人桃21号

レスキューダイバーコースの翌日、眠り姫の私を起こすのは王子様の優しいキス.... ではなく散歩をせがむ太郎丸の声だった。


「ふぁぁ~ 7:00か。仕方がないか」


手に持った目覚ましをベッド横の棚に戻す。


これでも太郎丸の散歩としては遅く、いつもは6:00には散歩に出かけている。


「うわ~。これだいぶ酷いヤケドだわ。首もひりひりする」


洗面台の鏡に映る自分の首のツートンカラーに心の中でつぶやいた。


—ガタタンッ-!


隣の部屋で音がした。


『あれっ? こんなに早く哲夫さん来てるのかな? 』


—ブゥゥン


『何? 掃除機の音? 珍しい.. 哲夫さんが朝一で掃除するなんて』


—ランランララ~♪ララランララ~♪


『えっ? これテレビとかじゃないよね?? これって.. 女の子の声....)


ウォン! ウォーン!


「ちょ、ちょっと太郎丸待って.. んっ! もう仕方がないな! 」



****


私は足早に太郎丸の散歩を済ませた(10分短縮)


「ごめん。太郎丸、この貸しは返すから」


手をペロペロする太郎丸の頭をなでると、


「さて、どうしたもんか! 」


とりあえず


——ガン カン ガン カン ガン カン!


階段をいつもの倍以上の音で登ってみる。


『さぁ、鬼が出るか蛇が出るか!? 』


—ガチャ


「おはようございます」


『哲夫の部屋』の扉が開くと中から女の子が顔を出した。

歳は..萌恵ちゃんくらいかな?


「あっ、おはようござい..ます。あの隣の——」


自己紹介をしようとすると女の子はすかさず言葉を重ねた。


「ああ、てっちゃんにカギを預かりまして.. もしかして掃除の音うるさかったですか? 」

「いえ、そんなことないですけど、あの.. どなた? 」


「あ、私、琴緒です。うわ~、凄いヤケド。少し冷やした方がいいかも。では、私やることがあるので」


私の首元に視線を落としてありがたいご忠告をすると『琴緒さん』はドアを閉めてしまった。




私は部屋で鏡に映る首元を見ながら


『なに? なんなのよ。ヤケド? 日焼けよ。余計なお世話じゃない? だいたいここは女人禁止なんだし!  ..だれなの??  それに..『やること』ですって?  そ、そんなの  ..私にだってあるんだから! 』


と、ひと通り愚痴ると


「たしかにひどいヤケドね。気を付けよ..」


と改めてつぶやいた。



LINE

『あー! つまんない! 』

『よっ、もっちんどしたの? 』


『べつに』

『なんだそりゃ』


『はぁあ.... 今度カラオケ行こ』

『おー』


『シューちゃんも誘って』

『おー』


むしゃくしゃが抑えられず七海にLINEをするがスカスカと手ごたえがない。


「はあぁ。もうっ! 」


そんな感じでソファにドカッと横になると音が聞こえた。


—カン カン カン カン カン


少し急ぎ足に階段を登る音だ。


『あっ、これ哲夫さんじゃない?! 』


玄関先で思わず壁に耳をあててみる。


~~~~~


—カチャ


———もう、てっちゃん、遅いよ~。待ちくたびれたよ。


—おまえさ、勝手に部屋に入るなよ。


———なんで? 掃除してあげたんだよ。


—だから、いろいろ困るんだよ。


———何で困るわけ? 私ここに来たらダメなのぉ?


—別に ..いいけど、面倒になるのは困るんだよ。


~~~~


「ウホンッ!  さーっ、買い物にでも行こうかな!! 」


わざと大きな声を出してしまった。

何やってるんだろう。私。



—ガチャ


私がドアを開けて外に出ると、窺っていたように哲夫さんも部屋から出て来て挨拶をしてきた。


「お、おはようございます」


「おはようございます。いつになく朝早いですわね、哲夫さん」


「あの、桃さん....」

「何か用ですか? 私、今から買い物行きますので! 何か面倒な事とかあったのですか? 」


その様子を見ながら『琴緒さん』も部屋から出て来た。


「いや、あの..ちがうんです」

「別にいいんじゃないですか?  お部屋掃除してくれる女の子がいてよかったですね。私も掃除する必要がなくなって助かりました」


『関係ない顔』をして後ろ手を組み、階段から外の風景を見ている『琴緒さん』


弁解しようとする哲夫さんについ意地が悪くなってしまった。


「あの、一応ここは哲夫さんのお勉強用に貸しているので、お間違いのないように。じゃ! 」



—カンカンカンカンカン


私は捨てセリフを吐くと足早に階段を降りた。


『私、何やってるんだろう....』


「あのっ! 妹なんです」


上から哲夫さんが少し大きめの声で言った。


「だから別に!  妹.. さん? 」


「よう、てっちゃん、何? おおー、午前から可愛い子をナンパ? 進歩したね? 」


前から知らない男の人が歩いてきた。


「どなた?? 」


「令次! 」


哲夫さんが名前を呼ぶと知らない男性は片手をあげ返事する。


「そいつは弟です」


「弟..さんに妹さん。え~っと哲夫さんはお兄さん?? 」


私は指さし確認をしてみた。


「はい。兄妹です」


哲夫さんがそういうと、私は良くわからないままに自己紹介をしようと慌ててしまった。


「あ.. あ.. あの.. わ、私、隣人桃21です! 」


「なに? ぷぷっ!! 隣人桃21..くくっ..やばい! 超ウケる! なんか赤いし」←琴緒

「ぶっ..くくく ..てっちゃん、この人面白いね」←令次


わ、私.. 笑われてる....


「え、ええ ..もう 嫌だ! 」


「あ、桃さん! 」


ああ、逃げてしまった。

あまりに恥ずかしくて。


逃げて、逃げて..用もないのに結局コンビニ来ちゃった..



「今帰ったらまだいるよなぁ..あのひとたち。このまま七海のところにでもいこうかな..」




****


「で、私の所に来ちゃったわけ? しょうがないなぁ。あっ、コンビニおにぎりありがとう! 」

「だって、恥ずかしかったから」


「ははは。でもそれは超ウケるよね。『隣人桃21号』なんて! 」

「『号』なんて言ってないよ! 21しか言ってない! 」


「テンパると、ほんとおもしろいよね、もっちんは。だから好きだよ」

「なんだよ~..七海も馬鹿にするのかぁ? 」


「ところで、もっちんが恥ずかしかったのは、笑われたこと? それとも『嫉妬』しちゃったこと? 」

「わからないよ。頭真っ白になった」


七海のストレートな言葉に戸惑ってしまった。


そう、確かに嫉妬していた..


「ま、いいや、カラオケでもいこうよ! 」


結局、夕方まで七海と一緒にいた。

帰ったのは午後5時ころ。太郎丸の散歩をしなければならなかったからだ。



ウォン、ウォン。

「太郎丸、散歩行こうか。ちょっと待っててね」


—カン カン カン カン カン


階段を登り、部屋の前に来ると、扉に何かが挟んであった

..それは手紙だ。


『桃さん、今日は家族で食事をする約束なので、もう帰ります。また笑顔をみせてください。僕は桃さんの笑顔をみるとHPとMPが満タンになります。明日、明後日 また会いましょう。では、失礼いたします。 水谷 哲夫』



LINE

「七海、今日はありがと」

「おー! 大丈夫? 」


「HPとMP満タンになったよ♪」

「ほー。 よかったね♪」


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