恋の哲学

明里さんが思いがけず向きになった事。

それって、もしかしたら前に七海が言っていた事なのかなぁ..

それは井田の海に潜った翌日、七海が遊びに来た時の事だった。


****


「ふふふ。もっちん、ありがと。ほら、似合うでしょ! いいねぇ、これ! ナイスチョイスよ! 」

七海はロンTに袖を通して、クルっと一回転してみせた。


「でも、こんなのネットでも買えるのに.. もっとご当地お土産の方が良くなかった? 」


「ノンノン! もっちんはわかってないなぁ。このベティちゃんロンTだって沖縄バージョンなんだよ。それにこういうのってやっぱりお土産でほしいじゃない」

「そう? 『ちんすこう』とか『サンダーアンダギー』の方がよかったんじゃない? 」


「なに? それこそ東京駅でも売ってるんじゃない? それに間違ってない? 『サーターアンダギー』でしょ」

「ああ、そうだった、そうだった。へへへ」


そんな私の大ボケに七海は大笑いしていた。

そしていつもの七海ちゃん情報が始まる。


「それより蘭子から連絡が来たんだけど、なんかアニメのタイアップが決まったんだってさ」


いつも最新の情報は『七海ちゃん情報局』が提供してくれる。


「えっ! ちょっと、凄いじゃん! そのアニメが注目されたらバンドももっと注目されるんじゃないの? 」


「そうしたら、いよいよ今年はVEVEDIベベヂの年になるね! 」


私と七海は一緒になって両手をグッと握りしめた。


——— VEVEDIベベヂは高校時代に組んでいた女性HRバンドPAGGIパギのメンバー東雲蘭子(BASS)がプロとしてメジャーデビューを果たしたファンクロックバンド。

蘭子はスタジアム級LIVEを開けるようになったら、私と七海、哲夫さんをVIP招待すると約束したのだ。

そうそう、その時は、もちろん、シューファを連れていくのはあたりまえ! ———


「ところでさ、どうなのよ、あんた。今回も哲夫さんにお土産を買っていったんじゃないの? 」

「え? 何が? 」


「何がじゃないよ。すっとぼけちゃって」

「まぁ、お土産は買ったけどさ。哲夫さんはいろいろ大変そうだから気を遣ってあげているだけだよ。お隣同士だし」


「ふぅうん。将来の弁護士さんか。これは七海ちゃんが先にいただいちゃおうかしら」


七海がしなをつくってみせた。


「何言ってんの。やめてよ」


「おお、こわい、こわい」


そう、哲夫さんの司法試験の発表だってまだだし、それに司法試験合格はまだ入り口みたいなもんなんだ。

哲夫さんはきっといろいろ大変なんだから....


「それよりね、七海、これってどう思う。あのね、星宮さんという女性がいるんだけど―」


私は明里さんが沖縄に詳しい事、いつも萌恵ちゃんを気にしている事、レズビアンかと思うと、時には男性にも興味ありそうな面があることなどを話した。


「ときどき戸惑っちゃうんだ」

「なるほど、なるほど。じゃあさ、単純にどちらでもいいんじゃないの? 性別じゃなくて本能的に自分が思う『可愛いひと』とか『カッコいいひと』が好きなんじゃない? 」


「七海は単純に考えられるんだね。すごいよ」

「え~、でも私だってすっごく綺麗な女性に迫られたらドキドキしちゃうよ。もしかしたら場合によっては- なんて考えちゃうかも。どうだい? 桃ちゃん、今晩私と....」


また悪乗りして私の顎をクイッとあげてみせた。


「何言ってんの! でも、そっかぁ..」

「あと萌恵ちゃんについては放っておけないって気持ちがあるんじゃない? 自分が好きなひとには不幸になってほしくないじゃん。例えば、私はもっちんに幸せになってほしいもん。それがもうワンランク上に『好きなひと』だったらその想いはひとしおなのかもよ? 」


正直七海のこの発言にドキッとしてしまった。

そして、すんなり納得してしまった。


「あんたすごいわ。哲学者みたいだね! 」

「そういうの気づいていないのもっちんだけって可能性もあるよ」


「 ..? 」

「まあ、いいや」


でも、明里さんのあの雰囲気.. 人ごとに思えなかったなぁ..


「あんまり詮索しなくても、そのうちわかるときも来るでしょうよ。それよかさ、今度シューも一緒に連れて、『ヤットサー、ヤットサー』って阿波踊りにいこうよ」




七海はシンプルに考えることができていいなぁ。

それとも私が鈍感なだけなのかな?

今度、その辺の考え方を七海に教わろう....

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