首吊りの公園。
朧塚
首吊りの公園。
僕の家の近くに『首吊りの公園』と呼ばれている場所がある。
毎年、必ずこの公園では誰かが森の奥で首を吊っているのだ。
ぶら下がっている人間は、性別年齢、様々だった。最初、ホームレスのおじいさんから始まり、次は受験ノイローゼになった高校生男子。次は四十代の主婦、その次は三十代のサラリーマンといった感じだった。全部で八人……八年間もの間、毎年、誰かが公園でぶら下がっている。
僕が小学校の頃に始めの事件が起こった。この頃は、まだ公園は小学生達の遊び場になっていた。だが、ホームレスのおじいさんの首吊り死体が見つかって以来、当時は騒がれた。次の年は高校生だった。また騒がれた。三人目の主婦になる頃には、子供はこの公園に立ち入る事が禁止されるようになった。
それでも、中学に入って、よく近所のヤンキーが公園の敷地内に入って酒や煙草をやっているのを眼にした。彼らは粋がった事を言いながら、頻繁に公園に溜まっていた。
最初の年から、五年目か、六年目のある年、たむろしていたガラの悪いヤンキーの一人が首を括っていた。原因は不明らしい。ヤンキーの仲間達は信じられないといった顔をしていたらしい。それ以来、その公園に近寄るものは以前よりも少なくなった。公園の撤去の話も出ていたが、工事関係者が相次いで不慮の事故にあったらしい。
警察が言うには、不気味な事件だが、調べた処、首を吊った者達の死因に不審な点は無く、他殺ではなく紛れもなく自殺であるという。事件性は無しという事となり、地元の新聞に小さく載る以外は全国に報道される事も無かった。
大学生になった僕は、大学の友人のショウゴと一緒に、その公園に忍び込んで酒盛りをしていた。
「この公園、凄いいわく付きなんだぜ」
「なんだよ、幽霊でも出るのかよ?」
ショウゴはだいぶ、酔っていた。
公園の中はマトモに舗装されずに、雑草が生い茂っていた。虫の鳴き声がする。月が綺麗だ。雑木林の方を見ると、何年も前のゴミ類が大量に散乱していた。
「しかし、夜景が綺麗だな」
ショウゴは言う。
僕は、此処は首吊りの公園と呼ばれているのだとショウゴに話した。いわく付きの場所であるのだと。ショウゴは僕の話を聞いて、ゲラゲラと笑っていた。
「何があるか、探索してみたくなったな」
「何も無いって」
「誰か首を吊っているかも」
ショウゴは笑う。
僕は缶ビールの中身を一気に飲み干した。
僕とショウゴは酔いながら、草むらをかき分けていく。
そう言えば、首吊りが行われている場所は、ある特定の場所。見晴らしの良い場所なのだと聞かされた事がある。公園の奥の方に行けば辿り着くのだろうか。
ふと、僕とショウゴはあるものを見つけた。
それは、古い朽ちかけたロープだった。樹木の一本から吊り下がっている。僕とショウゴは怖いを通り越して、何故だか楽しくなっていた。きっと誰かのイタズラに違いない、と二人で言い合っていた。樹木の方を見てみる。すると、何か文字のようなものが刻まれていた。
樹木にはびっしりと、この世への恨み言、学校でのイジメ、借金苦、不倫の話、育児ノイローゼの話、親との確執、会社の上司への呪いの言葉、そういった呪詛の文字が様々な筆跡で刻まれていた。
僕とショウゴは一気に酔いが覚めて、背筋が凍り付いた。
「おい、もう帰ろうぜ……」
ショウゴは言う。僕は頷く。
二人で元来た道を走った。
途中、僕は何かにつまずいて転んだ。
足元を見ると……。
首に縄のある地蔵が転がっていた。
地蔵の数は全部で八体あった。
僕もショウゴも絶叫していたと思う…………。
どうやら、道に迷ってしまったらしい。
僕達二人は、とにかく良い年して半泣きになりながら、夜の森を走り続けていた。数十分くらい走っただろうか、どうにか、公園の外に出る事が出来た。僕達は無我夢中でタクシーを拾い、家に帰った。
二週間後、その公園で若者が首を吊った。
遺書があった。就職難のご時世、就職出来ない事を苦に自殺したらしい。
僕達よりも、二つ程、年上の大学生だった。
ショウゴはあの日から、首吊りロープが見えるのだと言う。
どこかの公園に近付いたり、木を見たりすると、何者かが首を吊っているのだと言う。
きぃ、きぃ、と、人が揺れる音がすると言う。
ショウゴはあれから、ノイローゼで引きこもりになった。
僕も下にも、きぃ、きぃ、と、人が揺れる音が聞こえてくる。
大きな木を見る度に、何者かがぶら下がり揺れているのを幻視してしまう……。
きぃ、きぃ、きぃ、と…………。
了
首吊りの公園。 朧塚 @oboroduka
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