息が合う彼氏


 僕と息が合う彼女に出会ったのは、今から6年前の事だ。


 病院の待合室で座り込み、呆然自失といった様子の彼女を、当時の僕は良く知らなかった。なにせ、登校できたのは入学式とその翌日だけだったから、同じクラスの生徒であっても顔と名前を覚えるのは困難だったのだ。


 だが、「見覚えがあるな」程度には認識できた。そんな少女が、ただならぬ様子で佇んでいたことに、当時の僕は少しばかり関心を覚えた。


「どうしたの?」

「......?」


 彼女に僕の言葉が届くまで数秒かかっただろうか。まさか自分に話しかけられているとは思わなかったのか、どこか不思議そうな様子でおずおずと顔を上げた。


 酷く虚ろで、ぽっかりと穴が開いたような瞳。

 よく似た目を、僕は毎日のように見てきた。その目を見た瞬間に、僕は後悔と期待で言葉を失った。


 ああ、彼女も僕と同じなのか、と。


「......だれ?」

「僕は○○、▲▲小学校5年3組の生徒だよ」

「......どうして、ここに?」

「多分だけど、君と似たような理由じゃないかな」


 その瞬間、目の前の少女が息を呑んだのが分かった。やっぱりか、と確信から不謹慎にも、僕は安堵した。


「ねえ。私、何か悪いことしちゃったのかなぁ」

「......どうして、そう思うの?」

「だって、遠くないうちに、皆と会えなくなるって。お母さんとも、お父さんとも、お兄ちゃんとも会えなくなるって。私、何にも悪いことしてないのにっ───!!」


 重苦しい沈黙が、待合室に座る全ての人間に圧し掛かり口を噤ませた。

 その場に居た全員が、幼い少女に告げられた言葉の意味を理解してしまったから。


「ねえ、あなたも私と同じなの!?ねえ、教えてよ!?どうして、どうして!?」


 嗚咽混じりの号哭を上げる彼女に、慰める言葉を掛ける者は多く居るだろう。寄り添おうと、暖かな言葉で宥める者も居るだろう。


 だが、絶対に共感は出来ない。彼女が迎えるは絶対的で平等でありながら、与えられる瞬間は酷く気まぐれだ。彼女と同じどころか、近しい立場に立った人間はそういない。既に、この世にはいないから。


 随分と、皮肉な話だ。彼女に真の意味で寄り添うことができるのは、彼女と最期まで寄り添えるか分からない者だけ、だなんて。


 これまでは大人の機嫌取りくらいにしか使わなかった表情筋は、この諦めたような笑みを浮かべることにしか使われなくなっていた。そんな笑顔を浮かべた回数も、もう覚えてはいない。


 ただ、今だけは。彼女を少しでも安心させてあげられるような。そんな笑みを浮かべられる存在でいたい。


「───大丈夫。僕が、最期まで君の傍に居るから」

「───ほんとうに?最後まで一緒に居てくれるの?」

「もちろん、君に寂しい思いはさせないよ」


 こんな、騙すみたいな言葉で幼気いたいけな少女を宥める事しかできない。  

 いつしか、そんな言葉を吐くことすら僕の肺は出来なくなるだろう。


 ただ、そうなるまでは君を少しでも安心させられるような言葉を吐いていたい。


 そう誓った数日後、臓器提供者ドナーとの照合の為に行った検査の結果が返ってきた。その紙に書かれた内容は最高で、それでいて最悪のものだった。


「あはっ、あはは、あははははははははははははははははっはははははは!!!!」


 狂ってしまいたかった。嘘だと信じたかったし、嘘じゃないと信じたかった。

 なんてことだ。こんなことが起こっていいのだろうか。


「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」


 僕と、あの少女は互いの臓器移植の条件が満たされていた。


 彼女の肺があれば、僕は助かる。僕の心臓があれば、彼女は助かる。

 単純な話だ。どちらかが死ねば、どちらかが助かる。


 僕は死にたくないし、それと同じくらい死んでほしくなかった。





 いっそのこと、誰か僕を殺してくれ。






 


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