欠伸の挽歌

湊咍人

脈が無い彼女


 私には脈が無い。

 私の脈が、もうじき無くなるから。


「ねえ●●さん、初詣一緒に行かない?」

「......行く」


 ただの憐憫。

 脈が無くなる私に、脈があるとは思わない。

 私と息が合う彼だって。


「ねえ、○○くん」

「どうしたの?」


 ほら、今だって。

 そうやって、明日も生きていくのが当然みたいな顔して。

 どうして。

 私と彼の、何が違うんだろう。


「怖く、ないの?」

「......そっか」


 彼の、崩れかけた肺から出た空気の振動は、私の質問への返答ではなかった。

 ただ、抱きしめられただけ。

 もうじき無くなる温かみが、私を包み込んだ。

 白で染められた無機質な私の部屋も、色付いて見えた。

 こんなに、あったかいのに。

 目頭も、喉も熱いのに。


 患った肺から出る彼の声よりも、下手な言葉しか出てこない。


「わ、私は───怖いよ。こんな、こんなにあったかいのに......」

「......●●さん、あなたは───あなたは死なせない。だから......」


 そんなに、なかないで。


 震えていた。怖くない訳が無い。

 もう、二度と会えないだなんて。

 私よりも臆病なあなたは、きっと、ずっと苦しんできたのに。

 あなたは優しくて、怖がりだから言葉に出せないだけなのに。


 怖がる私は、とても卑怯。

 

「僕が死んだら、君が僕の分まで生きてね。代わりに、君が死んだときには僕が君の分まで生きてあげる」


 そう言って、「死」を理解してなお笑っていたあなたは、もう居なくて。

 草原に寝転がって、大きな欠伸をしていた頃の面影はもう無くて。

 もう、言葉に出すことすらできないほど恐れている、あなた。

 

 

「あの約束、覚えてる?」

「......勿論、忘れるわけがないよ」

「なら、○○くんの見たいものを教えてほしいな」


 すぐそこにある、彼の顔にそっと手を添える。

 伝う涙は無いけれど、彼は泣いていた。

 涙ごと、あなたの悲しみを拭えればいいのに。


「僕の背より高く積もった、雪が見てみたいな」

「うん......」

「宝石みたいに鮮やかなビーチで、子供みたいに走り回ってみたいな」

「───うん......」


 私と一緒に、とは言わない。

 私と彼は、一緒には生きられない。

 どちらかが死ねば、もう一方が生きる。


 どちらかが死なないと、飛べない比翼。

 それが、私たち。


「○○さん、そろそろ時間が......」

「......っ、分かりました」


 今日の逢瀬は、これでおしまい。

 でも大丈夫。きっと、明日も会える。

 これからだって。


 そう、思っていたのに。

 君はもう、来なくて。


 君の翼は、捥がれてしまった。

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