3

「さて、腹も膨れた。貴様の言葉に従い、休むことにする」

 聖騎士が言う。


「ふ、いのか。確かにわれは貴殿に休め、とは言ったが、我らは敵同士であるぞ」

 そう言う暗黒騎士ではあるが、聖騎士の心を理解していた。


「流石に横にはならぬ。ただ少しの間、眼をつむるだけだ」

「我がその隙を突くとは」

「思わんよ。突くのならば先程までに幾らでも出来たではないか」

「そうであるな」


 聖騎士は立ち上がり、近くの木陰に向かおうとする。


「待て」


 暗黒騎士が、それを止めた。


「なんだ」


 聖騎士は首を向けようとしたが諦め、身体ごと、暗黒騎士に向く。


「貴殿、歩みが固い。首も回らんではないか」

「貴様には関係のないことだ」

 聖騎士は再び木陰に向いた。


「待て」

 再び暗黒騎士が止める。


「だから貴様には関係ない」

 聖騎士は少し苛立ちながら、言う。


 暗黒騎士は、マントを草の上に、敷いていた。


くさずりかたびらを外して此処に寝ろ」

「何を言う」

「我が隙を突くとは思わぬのであろう。ならば警戒せずともい」

「そうではない」

「では何を気にする」

 今度は暗黒騎士が訊く。


「何をしようと云うのだ」

 聖騎士の顔は苛立ってはおらず、戸惑っていた。


「ああ、貴殿のところにはそう云うものがないのだな。なに、貴殿の歪みを正すのだ」

「正すだと」

 聖騎士は更に戸惑う。


いから寝てみろ。それでわかる」


 聖騎士は顔をしかめながらも、暗黒騎士の言う通りに自分の背丈よりも少しだけ広い、そのマントの上に横になった。


「そうだ。うつ伏せだ。そして少し脚を開く。うむ」

 

 暗黒騎士は聖騎士の腰に手を置き、その手を下に移動させる。


「待て」

 暗黒騎士の手を聖騎士が止めた。


「どうした」

 暗黒騎士は訊く。


「貴様、なぜ尻を触る」

「深い意味はない」

「う、ぐぅう」


 暗黒騎士は聖騎士のでんてのひらや親指で押した。聖騎士は声を洩らす。


「貴様、痛いではないか」

「貴殿の尻が悪い」


 尚も暗黒騎士は聖騎士の尻を触りそして「駄目だな」と呟いた。


「駄目、とはどう云う事だ」

「貴殿、づるを張った事はあるか」

 聖騎士の問いには答えず、暗黒騎士は逆に問う。


「ない」

「そうか。弓の成りは弦によって歪んでおる。しかし、弦を外せば真直ぐ、とはいかないまでも、歪みは消える」

「それがこれから貴様のする事と、どう云う関係がある」

 聖騎士は、目線を目の前に広がる青々とした草に向けながら訊いた。


「貴殿の身体からだと同じだ。貴殿の骨の位置を正すには、周りの肉を緩める必要がある」


 暗黒騎士は聖騎士の右手側に移動する。そして聖騎士の腰のなかにある骨のみぞに指を沈めて、引いた。


「い、うぅう」


 少し尻側に下ろし、同様に引く。


「だから痛いと言っておる」

「貴殿の腰と、尻が悪い。少し起こすぞ。こちらに向きなおれ」


 暗黒騎士は、横向きにさせた聖騎士の腰の上になっている部分とももの中間、そこにまた指を沈めた。


「動かすぞ」

「う、ふ、ぐぅう」

「ふむ、よし。反対もだ」


 反対側も終えた暗黒騎士は、聖騎士をまたうつ伏せにし、背中を揉む。肘を沈め、力の角度を変えながら、ぐりぐりと。


「な、何故、だ」

「何がだ」

「き、貴様は先ほど、弓弦の話をしたな。それならば、弦の端から緩めれば良いではないか。なぜそうしない」

 聖騎士のまぶたの隙間から涙がこぼれていた。


「うむ。自然な質問だな。たしかに貴殿の言う通り、端から緩めるのが正しい。だが、腰と背中は四肢を繋ぐ要の部分。簡単に云えば、一番面倒な部位だ。先ずはそこをまともにしてからの方が、効率がい。貴殿の身体に準備をさせる意味もあるしな」

 言いながらも暗黒騎士は、手を休めない。


「じ、じゅん、び、だと」

「貴殿の気にする事ではない。貴殿は、ただゆだねればい」


 暗黒騎士は、聖騎士の足先の位置に移動する。そして足を包む金属を外し、その親指を握り、そくていが反るように圧をかける。


「ぎぃあぁぁ」

うるさいぞ」


 暗黒騎士は、土踏まずの内側の腱に指を当て、引いていた。次に小指を持ち、外側も引く。


「あぐぅぅう」

「だから煩い。貴殿の足が悪い」


 足を持ち替え、足首の腱を引いた。


「う、うう、ぐぎぃ」

「うむ、貴殿の身体はわかりやすいな。肉と肉の間や、骨のきわに、指を差し込みやすい」


 脹脛ふくらはぎの肉と骨の間の溝にも指を埋め、引く。


「あ、あぁぁあぁ」

「貴殿の脹脛が悪い」


 脚を置いた。脹脛を縦に割る。


「ぬぅううぅぁあ」

「煩い」


 反対の位置に周り、左足も同様の手順で、作業を進めた。

 聖騎士の、悲鳴が、響く。

 









 

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