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 自分のものと同じく白銀のかっちゅうで覆われた馬の手綱を持つ手を止めて、聖騎士が暗黒騎士に言う。


「どうした」

「その馬、我らと同様に一晩中、雨に打たれていたのだ。さぞ疲れていることだろう」


 暗黒騎士に言われ、聖騎士は「む」と、自分の愛馬を見た。


「それに、我が馬は我と同じく魔のものだ。一晩中闇の魔素を喰らい、腹は満ちている。しかし、貴殿の馬はどうだ」

「たしかに」


 聖騎士の馬は、暗黒騎士の馬とは違い、餌を食べる。疲れを癒す為に光魔法をかけたとしてもその為には、エネルギーを摂る必要があるのだ。


「貴殿も腹を空かせておろう。しばし休息を取ってはいかか」

「なるほどな。しかし、休もうにも草が濡れている。体もだ。とても休む気にはなれん」

「左様か。ならば」


 暗黒騎士は槍の穂先を地面に刺し、自由になった左腕を前方に伸ばす。



『黒き焔は全てを吸い上げ』


『赤き焔は天地を震わす』


『青き焔はただただ刺さり』


『無色の焔は世界を包む』



「【ブレイズ イン ザ ダークネス】」



 辺りに霧状の黒が広がった。その色とは裏腹に、立ち昇るように空気に溶ける。内側からは赤が溢れ出し、赤から青が突き出た。そしてそれらは混ざり合い、薄くなり、更に広がる。

 やがてそのうすむらさきの炎は立ち昇る事をやめ、火の粉となり、草の上に降り注いだ。

 大地が、乾いている。


「なんと、なんという事だ。草が、さくじつよりも、青々としているではないか」

 聖騎士が感嘆の声を上げた。


「ふふ、水の魔素を吸う草木であっても、それが多すぎたのならば、毒に等しい。多少奪ってやる事でその活力は、更にみなぎる。闇もまた、使いようによっては役に立つのだ」

 暗黒騎士は、左腕を下ろしながら言う。


「これならば地竜も顔を出す必要がないのではなかろうか」

「いや、あくまでも吸えたのは表面の水だけだ。やはり、場所を移す必要はある。それよりも貴殿は休め。我もそうする。闇の魔素を吸えない今、あまり体力を使いたくはないのだ」

「ああ、そうさせてもらおう。恩に着る」

「ふ、敵に対して使う言葉でもあるまい」

「そうであったな。ふふ」


 聖騎士は暗黒騎士に、背を向けた。

 本来ならば絶対に敵には背を向けない聖騎士であるが、暗黒騎士は背を向けた相手に攻撃をしない。実際にそう言われたわけではないが、聖騎士は信頼という言葉の意味を今、実感している。

 

 聖騎士は、馬を覆う甲冑の首の付け根にくくり付けている袋から、丸い球を取り出した。そして手をかざす。



『無は万物が目指す確かな光』


『柔らかな灯りはささやかな薫り』


『煌びやかな囁きは嘆きを無くし』


『白々しくも強く中指を捧げん』



「【ファック オール アス】」



 丸い球が白く発光し、その体積が、元の何倍であるかもわからないくらいに膨らんだ。もはやそれは、干草の山である。馬がそれに食らいついた。


「ほほう、なるほどな。魔のものではない貴殿らは、そうやっていくさかしぐか」

 暗黒騎士は愉快そうに言う。


「いや、炊ぐことはできん。ただ、隠したときと大きさを現すだけだ。闇ほど万能なものではない。あらわした物を、現地で調理せねばならん」

「難儀なものだ」

「そうでもない」


 そう言って聖騎士は、腕の部分から順番に、上半身に身につけている鎧を。その鎧は聖騎士の胸と背、その形に沿うように金属を曲げ、叩いて造られたものに腕と頭を通す穴が空けたものである。暗黒騎士には、変形した筒のように見えていた。


「腕を抜くとき、ずいぶんとつらそうにしていたな」

「貴様が気にする事ではない」


 応えた聖騎士は、その鎧の内側まで侵入した水を丹念に拭き取り、油の染み込んだ布で、更に拭く。


 そして先程と同じ詠唱をした。細かく切られたこんさいいもにわへびの卵が二つ、てのひらほどのあかい石が現れる。


 聖騎士は外した鎧の中に根菜と芋を入れ、紅い石を鎧の下に置いた。周囲に土と草の焼ける臭いが立ち込める。やがて鎧の中からも、音が鳴った。


「貴様の魔法で蘇った草が死に、申し訳なく思う」

 聖騎士は唇を噛む。


「気にするな、とは言わん。だが、今更ではないのか。我らはしつように草や土を踏み締めていたではないか」

 暗黒騎士は兜を脱いで、そう言った。


 外に湿り気が放出される。


「それでも、だ」


 熱せられた鎧の中から、草の臭いをかき消す強さの、甘みと油と若干のからみが入り混じる湯気が昇った。それは聖騎士のくうにも入り、彼の表情は、少しだけ和らぐ。


 聖騎士は、鎧を揺すりながら具材が焦げ付かないように注意した。


「慣れたものだな」

 暗黒騎士は感心する。


「ああ、まだ幼き頃、父も母も毎日遅くまで家を出ていてな。この程度の事は、朝飯前だ」


 なぜ赤の他人にこのような事を話すのか。聖騎士は戸惑うが、暗黒騎士はそれに気づかずからうように言った。


「ふふ、たしかに朝飯前、だ」

「貴様」

 聖騎士は暗黒騎士に向く。


 兜を脱いだその顔の、大きくただれた火傷の跡。王都で見かけたならば哀れに思う筈であるが、風になびく黒髪のせいもあって、とてもたくましいものに、聖騎士には見えていた。


 暗黒騎士と目の合う聖騎士は、少しそれを気まずく思いながらも、手順を進める。


 庭蛇の卵を二つとも鎧の中に割り入れ、鎧を激しく揺すった。黄身が具材で潰され、白身が具材と混ざる。黄身と白身は完全に混じり合う事なく熱で徐々に、固まっていった。最後に塩を振りかける。


「どうだ。貴様も食うか」

 聖騎士は言うが、続けて「いや、貴様は魔素で事足りるのであったな」と、自己の提案を否定した。


「いや、頂こう」

 暗黒騎士はその否定を却下して、その提案を受け入れる。


「何故だ」

の者の命を重んずる貴殿のことだ。その卵や具材にもかっとうがあったのであろう。それを、にはできぬ」


 暗黒騎士は聖騎士を真っ直ぐに見ていた。

 聖騎士の方も暗黒騎士を見る。


 二人の騎士たちは互いに協力しながら、その料理を取り分けるのだった。

 



 

 

 

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