2
自分のものと同じく白銀の
「どうした」
「その馬、我らと同様に一晩中、雨に打たれていたのだ。さぞ疲れていることだろう」
暗黒騎士に言われ、聖騎士は「む」と、自分の愛馬を見た。
「それに、我が馬は我と同じく魔のものだ。一晩中闇の魔素を喰らい、腹は満ちている。しかし、貴殿の馬はどうだ」
「たしかに」
聖騎士の馬は、暗黒騎士の馬とは違い、餌を食べる。疲れを癒す為に光魔法をかけたとしてもその為には、エネルギーを摂る必要があるのだ。
「貴殿も腹を空かせておろう。
「なるほどな。しかし、休もうにも草が濡れている。体もだ。とても休む気にはなれん」
「左様か。ならば」
暗黒騎士は槍の穂先を地面に刺し、自由になった左腕を前方に伸ばす。
『黒き焔は全てを吸い上げ』
『赤き焔は天地を震わす』
『青き焔はただただ刺さり』
『無色の焔は世界を包む』
「【ブレイズ イン ザ ダークネス】」
辺りに霧状の黒が広がった。その色とは裏腹に、立ち昇るように空気に溶ける。内側からは赤が溢れ出し、赤から青が突き出た。そしてそれらは混ざり合い、薄くなり、更に広がる。
やがてその
大地が、乾いている。
「なんと、なんという事だ。草が、
聖騎士が感嘆の声を上げた。
「ふふ、水の魔素を吸う草木であっても、それが多すぎたのならば、毒に等しい。多少奪ってやる事でその活力は、更に
暗黒騎士は、左腕を下ろしながら言う。
「これならば地竜も顔を出す必要がないのではなかろうか」
「いや、あくまでも吸えたのは表面の水だけだ。やはり、場所を移す必要はある。それよりも貴殿は休め。我もそうする。闇の魔素を吸えない今、あまり体力を使いたくはないのだ」
「ああ、そうさせてもらおう。恩に着る」
「ふ、敵に対して使う言葉でもあるまい」
「そうであったな。ふふ」
聖騎士は暗黒騎士に、背を向けた。
本来ならば絶対に敵には背を向けない聖騎士であるが、暗黒騎士は背を向けた相手に攻撃をしない。実際にそう言われたわけではないが、聖騎士は信頼という言葉の意味を今、実感している。
聖騎士は、馬を覆う甲冑の首の付け根に
『無は万物が目指す確かな光』
『柔らかな灯りはささやかな薫り』
『煌びやかな囁きは嘆きを無くし』
『白々しくも強く中指を捧げん』
「【ファック オール アス】」
丸い球が白く発光し、その体積が、元の何倍であるかもわからないくらいに膨らんだ。もはやそれは、干草の山である。馬がそれに食らいついた。
「ほほう、なるほどな。魔のものではない貴殿らは、そうやって
暗黒騎士は愉快そうに言う。
「いや、炊ぐことはできん。ただ、隠した
「難儀なものだ」
「そうでもない」
そう言って聖騎士は、腕の部分から順番に、上半身に身につけている鎧を脱いだ。その鎧は聖騎士の胸と背、その形に沿うように金属を曲げ、叩いて造られたものに腕と頭を通す穴が空けたものである。暗黒騎士には、変形した筒のように見えていた。
「腕を抜くとき、ずいぶんと
「貴様が気にする事ではない」
応えた聖騎士は、その鎧の内側まで侵入した水を丹念に拭き取り、油の染み込んだ布で、更に拭く。
そして先程と同じ詠唱をした。細かく切られた
聖騎士は外した鎧の中に根菜と芋を入れ、紅い石を鎧の下に置いた。周囲に土と草の焼ける臭いが立ち込める。やがて鎧の中からも、音が鳴った。
「貴様の魔法で蘇った草が死に、申し訳なく思う」
聖騎士は唇を噛む。
「気にするな、とは言わん。だが、今更ではないのか。我らは
暗黒騎士は兜を脱いで、そう言った。
外に湿り気が放出される。
「それでも、だ」
熱せられた鎧の中から、草の臭いをかき消す強さの、甘みと油と若干の
聖騎士は、鎧を揺すりながら具材が焦げ付かないように注意した。
「慣れたものだな」
暗黒騎士は感心する。
「ああ、まだ幼き頃、父も母も毎日遅くまで家を出ていてな。この程度の事は、朝飯前だ」
なぜ赤の他人にこのような事を話すのか。聖騎士は戸惑うが、暗黒騎士はそれに気づかず
「ふふ、たしかに朝飯前、だ」
「貴様」
聖騎士は暗黒騎士に向く。
兜を脱いだその顔の、大きく
暗黒騎士と目の合う聖騎士は、少しそれを気まずく思いながらも、手順を進める。
庭蛇の卵を二つとも鎧の中に割り入れ、鎧を激しく揺すった。黄身が具材で潰され、白身が具材と混ざる。黄身と白身は完全に混じり合う事なく熱で徐々に、固まっていった。最後に塩を振りかける。
「どうだ。貴様も食うか」
聖騎士は言うが、続けて「いや、貴様は魔素で事足りるのであったな」と、自己の提案を否定した。
「いや、頂こう」
暗黒騎士はその否定を却下して、その提案を受け入れる。
「何故だ」
「
暗黒騎士は聖騎士を真っ直ぐに見ていた。
聖騎士の方も暗黒騎士を見る。
二人の騎士たちは互いに協力しながら、その料理を取り分けるのだった。
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