「きっと素晴らしいものなのだから、手でも叩いておけ」

Y.T

 1

 男達の戦いは一晩中続き、そして今もなお続いている。

 男達はそれぞれ、しょうごうを持っていた。

 せいと、あんこく。このあいはんする騎士の戦っている理由は単純である。敵国の者同士であるからだ。


 二人のidentityはその武器やよろいに表れていた。


 聖騎士の色は、白銀だ。

 頭部はかぶとおおわずにしで、長いぎんぱつが夜中の雨でれており、それが更に地面へしずくを落とす。髪を束ねていたはずのひもはない。そもそも戦いの前に、縛ってくる事を忘れたからだ。

 しかし、肩当てを除く鎧の関節部分や腹部などに大きく隙間が空いているのは、その部分を着け忘れたからではない。


 この聖騎士はロングソードを片手で扱う。その重さに振り回されない筋力も有している。鎧の金属プレート同士のぶつかりで、重みを受け止める必要がないのだ。

 可動域を重視するのが彼のこだわりであり、彼は、を得意とする。隙間から覗く、つやのない黒のくさりかたびや、腰から下げたくさずりからも、滴がこぼれていた。

 

 

「どうした、寒いか。それとも一晩中構えたせいで、身体からだじゅうの肉が強張っているのか。両の手で剣を握り込むのはつらかろう。せめて、剣先を地面に向けるべきだ」

 暗黒騎士が問う。


「ほざけ。その隙に貴様は槍で突くのであろうが。それに貴様を前にして、しゃのように見える構えなどはできぬ。貴様こそ、その兜の中にある唇が震えているのではないか」

 聖騎士は応えた。


 暗黒騎士は、しっこくである。

 頭も含めた全身に残るすいてきあさが当たりきらめいてはいるのだが、反射せずに滴を透過した光は全て、その甲冑に呑み込まれた。雨上がりに流れる風で、はためくそのマントにも、水滴がついている。しかし、濡れてはいなかった。 


 暗黒騎士の装具は全て、暗黒竜のなきがらで造られている。

 細かく割った鱗を繋ぎ合わせて造られた兜や鎧、右手で持つ盾はもちろんの事、握りを左脇にはさみ地面と水平を保っている槍も、竜の牙を削りえんすいけいにしたものだ。寿命を迎え土に還る前であっても、竜の身体は水を弾き、そして強固である。


 二体の騎士は、互いに馬から降りていた。

 暗黒騎士は元々馬上で戦う事を得意とするが、剣で戦う聖騎士に合わせている。


 辺りは天から注いだ水でぬかるみ、地面を覆う草の根元からは、泥の臭いがのぼっていた。


 互いの鎧の内部からも、その体温による湯気が立ち昇り、暗黒騎士のほうからは漢気溢れる臭いが立ち込めて来そうなものであるが、聖騎士は、その色と整った顔の造形により、木材を燃やしそれでいぶした物のような臭いが漂う。

 この戦いを目撃した者がいたのならば、そんな感想を持ちそうな光景であった。



「ところで、貴殿はなぜ我を前にして、兜を被ってはおらぬのだ。まさか、忘れて来たと云う事ではあるまい」

 暗黒騎士が、再び問う。


 聖騎士は薄く笑みを浮かべ、答えた。

「ふ、貴様にはわからぬであろうな。聖騎士とは我が国で唯一の存在。私が私である事を証明するには、兜を被ってはいかんのだ」


「その鎧が既に、証明であろう」

「いいや、駄目だ。私の鎧はたいの近い者であれば、誰でも着れる。貴様のものとは違うのだ」

「その為に、頭部を危険にさらしてもか」

「ああそうだ。それに貴様の槍には関係なかろう。流石に私の首とて、貴様に突かれればひとたまりもあるまい」

「なるほどな」

 暗黒騎士は納得したように頷く。

 

「私も貴様に質問がある」

 今度は聖騎士が暗黒騎士に質問した。


「なんだ」

「なぜ貴様は夜の間、私に攻撃しなかった。魔族はが効くと聞いている。対して私には闇に溶け込む貴様の姿が見えづらい。何故だ」

「そんな事か」


 暗黒騎士は兜の中でふふ、と笑い、言葉を続ける。


「貴殿はわざわざ、我に有利な夜を選んだ。ならば我は貴殿に有利な光のあるときを望む。ただ、それだけのことよ」

「それだけの為にか」

「ああ」


 互いの心に納得した二体の騎士は、疲弊した身体の力を抜き、そしてまた込めた。


 互いの後ろ足の先が、少しだけ沈んだとき、聖騎士が声を上げる。


「待て」

「なんだ」


 暗黒騎士は後ろ足のかかとを浮かせたまま、声を返した。


「あれだけの雨が降ったのだ。そろそろ地竜の子らが、顔を出す頃合いであろう」

「なるほど、そうか」


 地竜は大地と天空の魔素を喰らう。

 大人の竜であれば天空の魔素がなくとも、大地の魔素だけで事足りるのであるが、竜の子は、土を通るわずかな天空のものも必要とする。水の魔素で地面が覆われた今の状態では、天空の魔素が通り抜ける為の隙間がない。

 だから魔素を吸う為に、地面から顔を出すのだ。


 聖騎士は構えを解く。

「場所を変えよう。我々の戦いのせいで、の命を犠牲にはできん」


 暗黒騎士も構えを解いた。


 一晩中睨み合っていた騎士達ではあるが、それぞれが持つその価値観は似通っている。

 聖騎士が自分の馬に歩み寄り、あぶみに足をかけたとき、暗黒騎士が声をかけた。



「待て」

 


 

 



 

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