第40話 セリーンの勇者(2)

 サーキスは冷や汗を流しながらそう言った。パディが質問する。

「神経は見える?」

「見えるよ。…ん? 当たってるね…。圧迫してるような感じ…」


「それはたぶん目の神経だね。腫瘍が神経を圧迫して目が見えなくなってるんだね。…セレオスさんの病名は頭蓋咽頭腫ずがいいんとうしゅですね。腫瘍っていうおできが脳の中にできているみたいです。これを取り除けば目も治るし、記憶も戻ると思いますよ…。たぶん…」


「本当か⁉ さすが天才ドクター! 今すぐにでも手術をして欲しい!」

「ドレイクさんがそう言ってますけど、セレオスさんは準備はいいですか?」

「うん。ドレイクには世話になったから僕はいいよ。お願いします」


 手術が決まってセレオスは手術室へ移動となった。さすがに今回はドレイクも手術の風景を見ようとは思わなかったようだ。リリカがガチャガチャと音を鳴らしながら器具を用意する。手術台に乗ったセレオスは緊張しているようで声がかすれる。


「僕はずっと病院で寝てばかりの生活だったけど突然、野太い声の男がやって来て、僕が女神の騎士だからとか一生懸命に何かを言ってた…。何のことかわからないからずっと断っていたけど、諦める気配がないから僕が折れてドレイクに付いて行くことにしたよ…。ドラゴンに乗せられて、今度はここ…。何だか怖いことが続くよ…。ははは…」


「大丈夫ですよセレオスさん。手術中は眠ってもらいますから。手術もなるだけ体に負担をかけないようにします」

 リリカがセレオスに睡眠呪文をかけて手術が始まる。パディが手術台の前の椅子に腰かけた。


「僕が鼻から器具で腫瘍を抜き取る。サーキスはバロウズさんの時と同じように宝箱トレジャーで脳を覗いてナビゲートして」

「お、おう!」

(俺はてっきり頭を切り開くと思ってた! 確かに脳と鼻は繋がっていて鼻の穴が出口になってる! これなら患者さんにダメージも少ない!)


 パディが小さく長いアイスの棒のような金属を鼻の中に入れ込んだ。その器具は鼻を通り越して一気に脳まで届いた。

「今、入れてる道具で脳に癒着している腫瘍を剥がす。このままつっこんでいいかい?」


「駄目だ! そのままだと腫瘍に突っ込む! 少し左にやって!」

 サーキスの指示でパディは上下左右、器具を使って腫瘍のまくを何とか剥がした。

「あと脳の方に少しでも出血が見えたら小回復キュアをかけて! 鼻の中のダメージは無視していい!」


「わかった!」

 次にパディは把持鉗子はじかんしというハサミに似た器具を持った。手元はハサミ、細く伸びた管の先はマジックハンドのような小さな掴み手になっている。それをまた鼻の穴から突っ込んでサーキスの指示を受けながら、腫瘍をつかむ。


「どうだい? つかめてる?」

「つかめてる! …あ、腫瘍が切れた! 小さいのしか取れなかったけどいい?」

「いい! この調子で少しずつ取っていく!」

 

手術は一時間ほどかかった。サーキスが言うには全ての腫瘍が取れたとのこと。最後に念のために大回復ハイキュアの呪文をかけた。結局、サーキスは宝箱トレジャーを九回全部使ってしまった。今日のレベル三のマジックポイントを使い果たした。ここに来て初めてのことだった。サーキスはへとへとになっていた。


「き、きつかったぜ…」

「ありがとうサーキス。無事終わってよかった…。記憶が戻ったらセレオスさんはリリカ君に何て言うかな?」

 リリカがパディに感謝を述べた。

「ふふ…。とにかく先生、セレオスを助けてくれてありがとうございます」


     *


「セレオスさーん! お昼だよー! 俺がサンドイッチ作って来たぜー! いっぱいあるから一緒に食べよう!」

 セレオスは二階の病室のベッドで窓の外を見ていたところだった。今日も暗黒のような雲が太陽の光を閉ざし、街を薄暗く覆っている。セレオスにはこの闇の元凶が何かわかっていた。


サーキスがサンドイッチを乗せたトレイをベッドの隣のテーブルに置く。サーキスが椅子に座ってサンドイッチに手を伸ばした。

「セレオスさんは目が見えるようになったみたいだし、よかったね! リリカのことも思い出した?」

 寝巻き姿のセレオスはサンドイッチを口にしながらゆっくりと話し始めた。


「思い出したよ。リリカは僕が冒険の旅を始めてすぐ、冒険者のギルドで見かけたんだ。ツインテールであの子かわいいなあ、仲間になってくれないかなあって思ったんだ。彼女は今も昔も全然変わらない。…僕は勇気がなくてしばらく眺めてるだけだったけど、先に他の冒険者が彼女に声をかけた。自信に溢れているような屈強な人達だったよ。あっという間に連れて行かれちゃった」


「え? 話が続かないじゃないの?」

「ははは…。それで僕は旅にも出ないでいじいじとギルドに入り浸ったんだ。一週間経った頃になぜかリリカがギルドのテーブルに座ってた。『他のメンバーはどうしたの?』って訊いたら、『クビになっちゃった』って笑ってた。それで僕は彼女の手を引いて外へ飛び出したんだ」


「おー!」

「他に仲間はすでに決まってて四人パーティーができあがった。もちろん彼女は魔法使いとして加わってもらった。それでリリカと仲間になってわかったことなんだけど彼女は呪文が全然駄目なんだ…。リリカは頭がいいみたいなんだけど、魔力が低いみたいなんだ。火撃ファイアは指から飛ばない、氷撃アイスは水を凍らせるだけ、風撃ウインドは指からそよ風を起こすだけ…」


(あれがリリカの限界なんだ! 先生の言ってたことと違うぞ⁉ …なるほど俺みたいなのにリリカが馬鹿にされるから嘘を吐いたんだ! そういうところを好きになるんだろうな!)


「それでもリリカの睡眠スリープの呪文だけはちゃんと敵に効いたからリリカは頑張って僕達の役に立とうとしてたんだ。でも、残り二人のメンバーから猛抗議があってね…。魔法使いは代えようということになった。僕はリリカを守ることができなかった…。ここスレーゼンでリリカと別れたよ。勇者って呼ばれる割に僕は強くもないし、勇気もない…。目と頭がおかしくなったのはきっとセリーン様の罰だよ…」


「勇気か…」

 男達が気付かない内にリリカが扉の外に立っていた。彼女は一部始終を聞いていたようだった。


     *


「では、行って来るぞ! 用が済んだらまた遊びに来る!」

 出発の日、ドレイクが力強くパディ達三人に挨拶する。見上げると今日も気持ちが悪い曇った空模様だった。早朝にも関わらず、もう夕暮れ時のようだった。

 セレオスとドレイクが旅立つとリリカが後ろから大きな声でセレオスへ声援を送った。


「セレオスー! 何しに行くのか知らないけど頑張ってー!」

 セレオスが手を振って応えた。そしてセレオス達はしばらく黙々と歩いた。すると道端にフードをかぶった魔女のマーガレットと、長髪の賢者バロウズが待っていた。


 パッチリとした瞳のマーガレットは人から実年齢よりも若く見られるようになった。バロウズの方は今では誰もが聴き惚れる声が出る。

 四人が顔を合わせると同時に頷いた。そしてドレイクがピーッと大きな口笛を吹いて大空に叫んだ。


「来い! オルバーーン!」

 空の厚い黒い雲をやぶってドラゴンのオルバンが現れた。成竜と化して巨大になったオルバン。病室で小さくなっていたあの頃の面影はほとんどない。

 オルバンが地上に着くと四人が一斉に彼の背中に乗った。オルバンがバサバサと翼をはためかせ再び空へと飛び立つ。


 スレーゼンの人々が空飛ぶドラゴンを見付けるとそれぞれが驚き、歓声を上げ、手を振った。

 オルバンの背中でセレオスは強く心に誓う。

(僕はリリカのために何もできなかった。だからせめて守るよ…。みんなが住むこの世界を…)


 数日後、ヨーロッパ全土を覆っていた暗雲たる空は嘘のように晴れた。久しぶりに見る太陽、澄み切った青空は美しい。人々はそれぐらいのことしか思わなかった。

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