08.第1ピリオド開始


 歓声が鳴り響く中、一人の少女が手を観客に振り、愛嬌を振りまいていた。残された六人の中では、明らかに上級の貴族ということが、彼女の着こなしているドレスから見て取れる。その中で、――


「あれ? あの娘……」


 レベッカの眼が、一人の少女に止まる。明らかになその姿に、その少女の近くにいた令嬢ですら引き気味の表情をしていた。


「あら。お知り合いでもいたのかしら?」

「いや、知り合いというほどじゃないけど……」


 マグライトに尋ねられて、レベッカが指差したのは、ボロボロの服を着た、みすぼらしい格好をした、――中央大通りで遭遇した少女だった。


 先ほど違うのは、肩から大きな布を掛けており、鮮やかに染められた高級感のある色彩ながら、所々が黒々と染められている。アンバランスなデザインに、端的に言ってセンスがいいとはいえないものだが、その布を適当にあしらっているようにしか見えなかった。


「可愛らしい顔だけど、見ない娘ね。それに、あの格好だと貴族には見えないわ」


 マグライトとも面識のない――もっとも、マグライトほどの地位にいる貴族なら、ほとんど下級の貴族なんて顔も覚えていないだろうが。


「でも、かわいそうだけど、あの娘も災難ね。第1ピリオドの『華』はよ」


「それって、――大耕シナンチャのブソク!?」




 虐殺姫――ブソク公女。


 聖都の西側に隣接する大耕地シナンチャを収める貴族の次女でありながら――残虐な性格ゆえに表舞台に出されなかった問題児。


 齢五つにして非人道的な拷問の術を立案し、聖都ですら全面禁止の条例を緊急発令するほどで、レベッカですらその名前を知るほどだった。




 気付けば、アリーナの至るところに幾多の武器や鈍器が設置されていた。ハンマーやモーニングスター、両刃の大剣や人の丈ほどある槍など、この場で行われようとしていることが、――無知のレベッカですら、すぐ理解できた。


 一人の少女が近くにあった大鎌を手に取り、観客に手を振っているブソク公女の後ろから近寄っていく。


 背を向けている相手に不意打ちを掛けるという、騎士道に反するその行為に、観客たちは息を合わせたかのように見て見ぬ振りをし、ブソク公女の反応を楽しみにしていた。




 そこに、――乾いた射出音が反響する。




 レベッカが、目の前で起こった惨劇に固唾を呑んだ。


 頭蓋を砕く、――鉛の弾道。


 大鎌が振り下ろされる直前、振り向いたブソク公女の手には、聖都でも目にするのが珍しい雷管パーカッションロック式の拳銃が握られていた。


 向けられた銃口に、少女の表情が曇り、反対にブソク公女の表情は嫌らしいほど歪な笑みで、――


 そして、迷うことなくトリガーが引かれ、少女の命がいとも簡単に散ってゆく。


 湧き上がる歓声が再度建物を揺らした。


 客席を埋める人間から見れば、アリーナに立つ少女たちは未だ子供の域を脱していない。


 王国内において、貴族ならば十五を迎えれば成人としての立場が認められ、政治や商いを始めるもの多いが、その少女たちが、文字通りをしようと――いや、殺し合いを始めている。


 その様子に、ブソク公女の予想通りの実力で、一人の若い命がこの瞬間に終わりを迎えた。それに対して、大歓声が上がっている狂気に、背筋が凍るような思いをしているのは、レベッカだけではなかった。


 レベッカのように、今目の前で行われている惨劇を目にして、悲鳴を上げているものも少なくない。その中で、聖都出身の貴族と思われる連中は皆、涼しい顔をして眺めていた。


 アリーナ内でも、悲鳴を上げている者がいた。ブソク公女のすぐ近くにいた少女に、銃口が向けられる。


「いや、た、たすけて」

「あは。久しぶりの命乞いだわ。いいわよ、


 腰を抜かして座り込んでいる少女に向かって、再び、――乾いた音が炸裂した。


「きゃあああああああ!」


「あははははははははははははははははははははっ!!」


 叫び声をあげる少女のそばで、ブソク公女が額に手を当て、天を仰いで笑っていた。


 太ももを撃ち抜かれた激痛が少女の脳髄を焼く。吹き出る血が、アリーナの土を濡らしていく。


 その様子を見て、客席の歓声がまた一層大きくなった。


「いた、いたい!! どうして! どうしてっ!?」

「あははははっ! 助けてあげたわよ、! あなたの希望じゃない、感謝なさいな、名前も知らない子猫ちゃん♡」


「ご、ゴバぁああああ!?」


 足を撃ち抜かれた痛みにのたうち回る少女の様子が一変する。


 急激に顔色が変化し、口からは大量に吐血を繰り返す。目は血走り、耳や鼻からは体液が吹き出て、血の混ざった泡を吹いて倒れ込んだ。


 自身の周囲を大量の血の海に変えた亡骸をみて、ブソク公女の高笑いが続く。


「酷すぎる……。第一級国家魔法少女の選抜なんでしょ。こんなの、ただ虐殺ショーじゃない」


 魔法なんてものが一切姿を見せず、ただただ力ある者が力なき者を惨たらしく蹂躪する様にレベッカの言葉が漏れる。


 それを傍らで聞いていたマグライトが、


「あれもよ。ブソク公女の礼装は立派な魔銃だし、発動の際にを発生しているわ」


 そう付け足した。


「あの拳銃、見た目の構造からしたら雷管式なのに、銃口から新しい弾を込めていなかったわ。撃ったときのマズルフラッシュもないし、代わりに魔法陣サークルが出ていた。これだけ情報があれば、あの銃自体が礼装として完成されてる証拠でしてよ」


 淡々と解説するマグライトに視線を送る。


 先程まで余裕を浮かべていたマグライトの表情が、真剣なものへと変化していることに気付き、その雰囲気でレベッカに悪寒が走る。


「よく見ておくことね。第1ピリオドでこんな『華』を入れ込むだなんて、国王は気が触れているわ。それでも、群衆にとっては大事な見世物の一つよ」

「見世物だなんて、あなたそれわかってて……」

「ええ、わかってましてよ。少なくとも、あなた以外のみんなそれをわかっていてにいる」


 周囲の表情は様々だが、誰もがこのことを理解しているように見えた。そう。マグライトの言う通り、レベッカだけが、今回の件について何も理解をしていない。


「あなた達、これがわかっていてどうして――」




「そんなの、わかりきったことよ。――誰もからじゃない」




 その言葉に――マグライト=ドグライト=メーガスの覚悟を感じ取った。

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