07.式典、からの?


 ――空中庭園噴水広場にて、二組の貴族が紅茶を啜っていた。周りには似たような貴族がたくさんいるが、噴水広場を取り囲む様に居座る顔ぶれだけは、どうやら別格の様子。


「――国王も気が利かないのね。ワタクシたちだけが座っているのも、なんだか気が引けるわ」


 足を組み、優雅に紅茶を嗜んでいたのは、王立聖家2位マグライト=ドグライト=メーガス。周囲の令嬢を一瞥し、またティーカップに口をつける。


「そんなこと、微塵も思っていないでしょう。あなたが他の貴族を憐れむのは、自分の優位性からでしょうに」

「あら。そんなコトないわよ。ワタクシ、これでも慈善に満ち溢れていますもの」


 マグライトと対峙し腰を掛けているのは、王立聖家5位であるセル=M=シシカーダ。マグライトと同様に、王国きっての大貴族の一角である。


「だって、こうしてあなたと同じ席に座れるのも最後かもしれないのよ。なら、普段通りを謳歌しないで何が人生か。寂しいものだわ」


 そういうマグライトの表情は余裕そのものであり、それを一瞥したセルの表情は苛立ちを見せていた。


「約束は一杯だけ、でしたわね。紅茶、ごちそうさま。わたしはこれで」


 ティーカップに注がれた紅茶を飲み干し、セルが席を立つ。ティーポット内の紅茶には手を付けず、半ば投げやりの態度に、


「あら、残念ね。最後まで礼儀を知らないなんて」

「わたしのは今日ではないわ。今日が出番のあなたにとってはかもしれないけどね」


 それでは、とセルが踵を返す。愛想笑いの一つもなく、殺伐とした空気を残してマグライトの元から去っていった。




「――あら、残念。セバスチャンもまだ通達していないなんて野暮なことをするわ」




 ――レベッカが空中庭園へと戻る頃には、式典の開始を告げるラッパの音が鳴り響いていた。慌てて自身に宛てがわれた場所に向かうと、今は会いたくない者が立っていた。


「あら。意外といいお召し物ですわね、ベッキーちゃん」


 艷やかで黒く長い髪を頭の上で結わえ、肩から掛けた桃色のマントで身体を覆い、高さのあるピンヒールで現れたレベッカに対し、マグライトがニヤニヤとしていた。


「うるさいわね。あなたのせいで着替える羽目になったんじゃない」

「田舎者は褒め言葉くらい素直に受け取れないのかしら。皮肉なく言ったつもりなのに」

「あなたの顔が皮肉の贅肉よ。悪目立ちするから私に構わないで」

「目立つのは良いことよ。あなたも貴族なら、公の場では目立ってこそじゃない」


 レベッカが何を言っても、マグライトには響かず、むしろ言い返される始末。余裕綽々とした態度に辟易していると、再度ラッパの音が聞こえてきた。


「――お集まりいただき感謝いたします、淑女のみなさま!」


 空中庭園に設置された高台に、第一級執事のセバスチャンが立ち、声を上げる。拡声器などを使わずに、庭園の端まで響くほどの声量で、広場に集まったすべての者の耳に届いた。


「今回の式典に、一人も欠けること無く参加いただき、国王もさぞ喜ばれております。これより、第一級国家魔法少女選別の儀に移ります!」




 ――セバスチャンの言葉が終わると同時に、少女たちの視界がする。




 『寄宿城』に取り囲まれた空中庭園に居たはずの128人の少女たちは、一瞬にして、多くの人で埋め尽くされたすり鉢状の客席がそびえ立つ、円形のアリーナの中心に"転送"された。


 客席の中心で高い位置に陣取った特別貴賓席の最上段に、この国の者なら、誰一人として知らないであろう方が鎮座していた。


「ようこそ淑女諸君! 貴殿らの華々しい未来のために、生涯に恥じること無くその命を賭せ!」


 国王の声が闘技場『コロシアム』内に響き渡った。その声を聞き、観客席を埋め尽くす群衆の歓喜の声が重圧と成って少女たちにのしかかる。


 その声を聞き、優雅さを崩さない者、あまりにも唐突な出来事に震えている者と様々だが――


「本戦に進んだものには、第一級国家魔法少女としての任を命ずる! 総員、心して己が力を見せつけろ!」


 ――さらなる言葉に、会場のボルテージが三割増しで上がっていく。


「『本戦』? なにそれ?」


 国王の言葉が理解できずに困惑するレベッカ。その様子を、誰も気に留めることはない。


「第1ピリオドに指定された者だけ残り、他の者は一度退場願います」


 セバスチャンの声を聞いた近衛兵が、多くの少女たちを履けさせていく。状況が飲み込めぬレベッカも、人の流れに押されてコロシアムのアリーナを後にした。


「ちょ、ちょっと。マグライト、これ、どうなってんの?」


 あまりの混乱に、レベッカは一番話したくない相手へと声をかけた。アリーナの方向からは鼓膜を直接殴打するほどの声の軍勢が建物を揺らしている。


「なにって、『予選』よ。アリーナに6人残されてるでしょ」


 アリーナを見ると、たしかに6人残されていた。


「今は『第1ピリオド』、これから彼女たちの舞台が始まるのよ」

「舞台って……」


 まるで見世物だ。レベッカは心の中で、そう思わずにはいられない。


 先程まで空中庭園にいたはずなのに、セバスチャンの声をきっかけに『コロシアム』に転送させられていた。


 レベッカとて貴族だ。田舎育ちとは言え、『』の一端は知らないわけではない。


 だが、魔法が栄えず、機械技術が発展しているゲーナインにおいて、レベッカが魔法を体験することはほとんどない。


 今回の大人数の転送魔法を受け、困惑を隠しきれない。ましては、『式典』とは名ばかりに、内容の一切を説明がないまま、次のステップへと移行している。

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