03.王立聖家2位はマグライト


 鬼のような剣幕で馬車を降りてきたのは、――金髪でロングの縦ロールをした、魅惑的な肉体をした美女だった。


 男なら目線を固定されてしまう大きく開かれた胸元に、女性なら誰もが羨むくびれ。高さのあるピンヒールの艶やかさが陽の光を反射する。


 ふんわりとした豪勢なスカートで見ることはできないが、その中に隠れているお尻はハリがあり上がっており、四肢は鍛えられて引き締まっている。


 王立聖家2位に君臨するメーガス家の才女、マグライト=ドグライト=メーガス王女。正当王位継承者にも銘打たれる王国を代表する御仁である。


「あなた? 人様の馬車に物を投げるなんて無礼者は」


 周囲の視線から、自らが乗る馬車に物を投げつけたならず者が誰かを察知したマグライトがレベッカに詰め寄る。二人が並ぶと、明確に身長差があり、レベッカを見下していた。


「無礼はどっちよ! 人に泥水ぶっかっけておいて詫びもないの!?」


 頭に血が上ったレベッカが一歩詰め寄ると、泥水の臭いが鼻についたのか、あからさまに嫌な顔をしたマグライトが鼻を覆う。


「近寄らないでもらえるかしら。こんなにも臭いを使うなんて信じられないわ」

「香水じゃないわよ! あんたのせいで、楽しい気分がめちゃくちゃよ! どうしてくれんのよ!」


 輩のようにまくし立て、怒りを口からぶちまける。レベッカの様子を見ていた周囲が、逆に心配するほどの愚行。


 冷静に見れば、馬車で水をかけたマグライト側にこそ落ち度はあっても、立場の違いは明確である。聖都に住む貴族を知らぬものはおらず、王律では特定貴族のみが中央大通りでの馬車の使用が認められており、地を歩いている貴族はそれ以外の者である。


「この通りを、馬車にも乗らずに歩いてる底辺貴族が、このワタクシにこの悪態。とんだ田舎者のようね」

「私の故郷は田舎じゃないわよ!」

「あら。なら何処の出身ですの?」

「ゲーナインよ!」


 レベッカの言葉を聞いて、周囲でドッと笑い声が上がった。


 えっ? とした顔をしたレベッカが辺りを見渡すと、誰もが大笑いをしており、眼の前の女も腹を抱えて笑っていた。


「ゲーナインなんて霊脈もない極東中の極東じゃない! マナすらないド田舎の小娘がこのワタクシに楯突こうなんてお笑い草よ!」

「私は小娘じゃないわ! 国王から直々に『第一級国家魔法少女』として招集されたのよ!」


 レベッカがマグライトに封書を見せつける。特殊印刷された高級皮に国王の印璽がその証拠だと言わんばかりに見せつけ、


「あら。それならワタクシも頂いていましてよ」


 ――そう言い返される。


「え? あなたも? え、私だけじゃ……」

「何を言っているの? 招集されるのはもいるのに、自分だけ特別とでも思っていたの?」


 その事実を聞き、思考が停止する。レベッカが持つ封蝋が取れていないことに気付いたマグライトが再び笑い出した。


「あなた、中を読んでいないのね。差し出された手紙の中身も読まないなんて、どんな教育を受けてきたのかしら」

「な、なによ!」


 ぐうの音も出ないほどの正論である。


 本来封書で届くものは、それ自体に意味がある。第一級執事のセバスチャンの口頭だけで済むことなら、わざわざ国王の印璽を使用した封蝋なんてものは渡されない。


 それを読まずして聖都まできたレベッカは、誰が見ても非常識であり、田舎者と罵られても不思議ではない。


「それにあな――あなた、その腕につけているものは……」


 さらなる嫌味でレベッカを叩き潰そうとしたマグライトの目線が、レベッカの篭手に固定される。信じられないものを見たかのように見開かれた瞳が、篭手から離れない。


「これはお父様から頂いた家に代々伝わる篭手よ」

「代々伝わる? ゲーナインの出身と言ったわね。ならあなた、ボガード家の者なの?」

「そ、そうよ。お父様はコクトー=クワッガー=ボガード。私は一人娘のレベッカ=クワッガー=エーデルフェルト=ボガードよ」


 レベッカが父親の名前を口にすると、周囲にいた群衆がざわつきだした。聖都嫌いの父親の影響で、観光にも来たことのなかったレベッカだが、なぜか、周りの人間は父親のことを知っているようで、胸騒ぎがしていた。


「なんということ! あの『』とまで云われた天才の娘がこんなにも不出来だなんて、世界は残酷だわ! 天はやはりヒトに二物は与えないのかしら」

「どういうことよ! お父様を侮辱することは許さないわよ!」

「侮辱しているのはあなたの方よ、小娘! 没落した貴族でありながら、国王ですらコクトーの技術を買っているというのに、あなたが父上の顔に泥を塗るだなんて、恥知らずもいいところだわ」

「なんですって!?」


「――お嬢様、扉の修繕が終わりました。時間ですので馬車へお戻りください」


 マグライトに殴りかかろうとすら思っていたレベッカの前に立ちはだかり、その踏み込みを止めたのは馬車の御者であった。


 誰もが男性かと思っていたが、その姿は高級な素材で仕立て上げられた男物のスーツを着こなした男装の麗人であった。あまりにも唐突にレベッカの前に立ちはだかったこともあり、二の足を踏んだ。


「あらそう。なら庭園に向かうわよ。用意なさい」


 マグライトの言葉を聞き、御者が馬車へと先に戻る。その様子を、今しがたまで言い争いをしていたはずなのにのけものにされたレベッカは、鳩が豆鉄砲を食ったよう眺めていた。


「――なあ嬢ちゃん。悪いんだが、のリンゴの支払いを頼むよ」


「なに! 私はいま忙しいのよ!」


 レベッカを後ろから声をかけたのは、先程唐突に果実を取られた行商人の男だった。若い娘を帯同させているが、どうやら親子のようで、仕入れた商品を売りに聖都へ訪れていたようだ。


「リンゴ? ああ。先程ボガード家の小娘が投げたのはリンゴだったのね」


 その会話を聞いていたマグライトが近付いてくる。まじまじと行商人の娘の顔を見ると、おもむろに身体を引き寄せて唇を奪った。


「んんっ!?」


 驚きの声も、マグライトの唇に奪われる。舌を絡ませた濃密な接吻を、周囲の人間は唖然としながら眺めている。


 あまりにも唐突に、周りが顔を赤くするほどの口づけで、行商人の娘は骨抜きにされていた。


 絡み合った唾液が糸をひくほどの口づけを終え、マグライトが行商人へと金貨袋を差し出す。


「先程のリンゴ代はワタクシが持つわ。その代わり、あなたの娘はワタクシの侍女メイドに貰うわね」


 マグライトは呆けている娘の腰に手を回し、後ろから足を持ち上げ、お姫様抱っこをして馬車へと引き上げていく。


 行商人がマグライトから差し出された金貨袋を開けると、そこには一般人なら数年は働かずとも暮らしていけるほどの金額と、レベッカが見たことのない木札が入っていた。


「おおおおおおおおお!」


 行商人から歓喜の雄叫びが上がる。周りで見ていた野次馬も、金貨の額よりも木札の方に興味津々で大盛りあがりをしていた。

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