02.聖都にて


「それではレベッカ様、こちらからは徒歩での移動となります」


 馬車の扉を開けた迎え執事がレベッカに告げた。


 そのまま市街地を馬車で闊歩し、お城にまで案内されると思いこんでいたレベッカが呆気にとられているうちに、迎え執事が下車の準備を整える。


 いきなり案内もなく外に放り出される恐怖心に足がすくんだが、そんなことはお構いなしという姿勢で、手を引かれ降ろされた。


「お荷物は『寄宿城』のレベッカ様のお部屋までお運び致します。レベッカ様は国王からの封書を持って、直接市街地中心部にある『空中庭園』まで向かってください。この中央大通りを真っすぐ行った先です。では、


「『ご武運を』?」


 必要最低限の言葉だけを並べた迎え執事は、そのまま馬車を引いて移動していく。


 別れ際の言葉に首を傾げるレベッカだが、聖都の喧騒にワクワクを隠しきれず、口角が僅かに上った。



 大城門の近くにいた近衛兵の話によれば、15分ほど中央大通りを歩けば、空中庭園までたどり着けると教えてもらったレベッカが市街地を歩く。


 故郷にはなかった喧騒も、多くの人であふれる雑踏も、彼女にとっては新鮮で、その中に自分もいるということが誇らしかった。


 前日に降ったであろう雨の影響で足元は良くなかったが、靴の汚れは最早気にならないほどの高揚を感じている。


 聞こえる言葉も様々で、辺境特有の訛りや方言がなく、いろんな地域の人種が忙しなくしている姿に感動すら覚えていた。




 そんな彼女の後ろから、バタバタと馬の足音が響いた。




 早馬が引く有蓋馬車クーペが市街地を行き交う群衆を割って邁進する。


 周囲を気にしない速度で掛ける馬を避けるようにしたレベッカであったが、運悪く、近くにあった水たまりを車輪が通ったことで、水しぶきが勢いよく上がった。


 泥混じりの水を顔にかけられ、


「あんた! 何してくれてるのよ!」


 思わず大声をあげ、近くにいた行商人が持っていた手のひら大の何かを拾い上げ、過ぎ去ろうとしている馬車目掛けて投げつけた。


 持っていたのは、鮮やかな赤色をした、レベッカの故郷地域では到底栽培できない果実。


 本来の女性の筋力では到底届かないだろう距離と、この場を離れていく馬の速度で、レベッカの手から離れた瞬間ですら距離が開かれていく。


 だが、彼女の腕に装着された特殊技工の篭手がうねりを上げた。




「――レベッカ様。先程父上様からお荷物が届きました」


 故郷を後にして1週間後。彼女の故郷ゲーナインから速達用の飛脚大鷲が、木箱に入った荷物を聖都へ向かっているレベッカを乗せた馬車まで届けられた。


 山間部を抜けた織物の町オービを物色していたレベッカが馬車に戻ると、迎え執事が荷物を持って出迎える。


 受け取った荷物を開けると、そこに入っていたのは、ボガード家に伝わる銀と銅で作られた機械じかけ技工篭手。


 人工筋肉の役割を持つ特殊なシリンジを組み込み、圧縮された粉末金属を充填されることで、『物を投げる』動作をしたときに重心移動を探知して着火、粉末金属の爆発エネルギーを投擲に変換するシステムを武装化した篭手であった。


「旅立ちの贈り物にしては趣がないわね」


 贈られ物に悪態こそつくが、代々受け継がれた品をもらったことで、彼女なりの照れ隠しだった。


 もっとも、荷物を渡すと早々にレベッカの前から離れた迎え執事が居ない以上、隠す相手は居ないのだが。




 粉末金属が火薬の代わりとなり、篭手内部で炸裂した。


 シリンジがその勢いをレベッカの腕の動きに合わせてエネルギーを上乗せし、彼女の手を離れた果実が早馬の速度を上回って有蓋馬車の外壁へと衝突する。


 果実こそはその勢いにより砕け、果汁が馬車の外壁を濡らしたが、予期せぬ衝撃で御者が早馬の足を止めさせた。


「誰よ! ワタクシの馬車に何かをぶつけてきた無礼者は誰!?」


 馬車の扉を蹴り飛ばし、破損した木製の扉が宙を舞う。


 近くのいた誰もが突然の出来事に足を止め、ザワザワしていたが、降りてきた人物を見て動揺していた。


 その相手に無礼を行ったに対して憐れみの目をする者までいる。


 事の重大さをレベッカだけが理解していなかったが、顔にかけられた汚水の臭いでそれどころではない様子だった。


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