釣書

 最近ソラの可愛さに歯止めがきかない。

 もう何度目かの呟きにラヒムが笑う。聞き飽きたのだろうけれど、僕はそれを言わないと気がすまなくなっていた。

 やっと食事を取れるようになって暫く経つ。ソラは沢山食べられるようになって少しふっくらとしてきた。休んでいた舞踊の手習いも一生懸命するようになって、講義も沢山聞くように戻った。お茶の時間に三人で講義の内容について話して教えるのも楽しいし、ソラも嬉しいのか本当に最近良く笑う。

「でもね、僕は一つだけ不満があるんだ」

「なんですか、殿下」

 ラヒムが聞いてくれるのを確認して話を切り出した。

「ソラの結婚相手がいない」

 これは由々しき事態だ。ソラは可愛くて健気で賢くて、そんな女の子、国中探したって中々いないだろうと僕は思っている。それなのに、僕のもとに届く釣書は想像よりもずっと少なかった。

 ソラはもう十二だ。僕の算段では執務室がいっぱいになるほどの申し出が来るはずだったのに。

「先月の武官からの申し出は」

「断った」

「では二十日ほど前の文官は」

「それも断った」

 僕達の間に気まずい空気が流れる。なにせその二人はラヒムが良いと言って勧めてくれた二人だったからだ。

「この先行き違いがあってはいけません。確認しますが殿下、ソラを結婚させる気はありますよね?」

「あるよ。結婚が決まったらすぐに結い上げしてあげて、成人させる。結婚式が終わったら鷹の任命式をする予定なんだ」

「ではあの二人はどこがいけなかったんですか」

 僕はソラへの結婚を申し出ているという男たちのことをラヒムに話し始める。

 武官は確かに経歴も家柄も悪くなかったし、どうやら真面目な人物らしかった。僕は彼と直接面談をした。

「ソラを好ましく思ってくれてありがとう、どんなところを気に入ってくれたのかな」

 そう聞いた時、真面目な顔で武官は言った。

「腰つきです」

 最悪だった。僕は下半身と面談をしているのかと思った。僕が気を悪くしたと思ったのだろう。重ねてこう言われた。

「流石殿下がお育てになられたと思いました! いい子を沢山産むと思いました! 子どもは十人欲しいです!!」

 ソラを殺すつもりだろうか。

 僕は武官を近衛から遠方に左遷した。危険すぎて同じ王宮に置いておけないと思ったからだ。

 ラヒムが僕の話を聞いて顔を覆った。

「せめて舞踊が上手いと言っていれば……」

 ラヒムの言う通りだ。舞踊が上手で好ましい、だったらソラを嫁がせていただろう。危ないところだった。

「では文官のほうはどうでしたか」

 怖いもの見たさで尋ねるのは止めてほしかったが、それも彼の仕事だ。

 僕は文官の経歴を調べ、しばらく信頼のおける護衛に後をつけさせた。女性をいやらしい目でばかり見ていないか確認したかったからだ。僕達より五つ上の彼は特に問題なく、本当に朝から晩まで真面目に仕事をしていた。女性の同僚にも親切だったし、一度として彼女たちが嫌がるようなことも言わなかった。ようやく安心した僕は彼と面談をした。やはりソラを好いてくれている人が良いと思って同じ質問をした。

 僕の質問を聞いて、文官は至極真面目な顔をした。

「美しい女性というのは、特に人を魅了してやみません。彼女は十三の歳でありながら喧しいこともそれほどなく、麗しいという言葉に十分耐えうる教養もお持ちかと」

 僕は大満足して続きを促した。

「彼女の満月の瞳が揺らぐと、自分の心も揺らぎます。あの淡い色の唇から詩が紡がれる度、たまらなく胸が苦しくなります。一度話がしてみたい、彼女の視界に入りたい。そんなことばかり考え、狂ってしまいそうになる」

 ちょっと不穏になってきたが、文官ゆえに大げさに言っているのだと思って僕が静かにしていると。

「微笑まれると頭を掻きむしりたくなる! 彼女を見るためなら何をしたって構わない! 誰にも触らせないで誰にも見せないで僕だけを見て、僕が作った食べ物を僕の手ずから食べさせて、僕の子を産んで、僕だけに、僕だけに微笑んでほしい……ッ! 子どもは全員里子に出します。彼女と二人きり、誰もいない荒野に小さな家を建てて、誰も入れない僕達だけの世界を作りたい! 僕達は最期まで愛し合って死に、骨だけを国の方で回収していただきたいのですが、どうでしょう!?」

 僕は文官をいい医者にかからせてしばらく休暇を与えた。働きすぎによる気の病だろうとのことだった。ラヒムは本当に申し訳無さそうに項垂れた。

 僕は目が肥えてしまったのかもしれない。ソラを一番大事にしてくれるのはラヒムだ。健全な愛情さえ感じる。仲も随分と良さそうに見えるし、家のことさえなければ彼に頼みたいと常々思っている位だ。

「僕は贅沢かな、ラヒム」

 ラヒムは顔を覆ったままこう言った。

「多分あの子は人を狂わせるんだと思います。決して殿下のご要望が過ぎているということではないと思います」

 僕達はソラの相手に耐えうる人物の項目表を作成した。ラヒムはちょっと項目が多すぎるのではないかと進言したけれど、僕はそれを却下した。僕がソラを守らないといけないのだ。多少の条件くらい耐えうる人でないと困る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る