第12話

八尺坂で起きていた、一連の行方不明事件。

その裏でエルフ達が糸を引いていた事は、彼女達自らの口から明かされた。

同時に、そこに人間を食い物にしてやろう等の悪意は、欠片すらない事も。


つまり、彼女達は純粋な善意で、行方不明事件を起こしていた。

スカーレットは一瞬「はた迷惑な」と思ったが、次に語られた事件の真実を聞き、その偏見を恥じる事となった。



スカーレット達がエルフと読んでいる「彼女ら」は、ゴブリンやオークのような自然発生したモンスターと違い、

遥か昔に彼女らが「創造主」と呼ぶ存在………恐らく、度々学会で存在が噂されている「異世界文明人」によって、人為的に産み出された奉仕種族との事。

雌しかいない事や、全てが豊かな乳房を持っているのも、その為との事。


そして、彼女らは1999年のアンゴルモア・ショックより以前に、こちら側にやってきた。

そして驚愕し、涙した。

曰く、この世界には悲しみが多すぎる、との事。


生まれや美醜を理由に、差別的な扱いを受ける人々。

心の傷をケアされる所か、糾弾や揶揄を受けながら生きなければならない人々。

いじめや虐待、同じ人間に対しても家畜より酷い扱いが横行する社会。

そんな社会に適応しない人間を「非人」のように下に見て、ストレスの捌け口にする世の中。


その全てが、彼女らからすれば地獄のように見えたという。

そして彼女らは考えた。

そんな世界に対して、自分達がやるべき事は、何なのかを。


そして出した答えが。



「助けが必要な人々に暗示をかけ、自分達の元に連れてきて保護する、と………」

「ええ」



エルフはスカーレットの指摘に対して、悪びれる様子もなく即答した。

「それってようは誘拐じゃないの!」という突っ込みが頭を過ったが、スカーレットにはそれを指摘する気にもなれなかった。


彼女らの側にいる誘拐被害者達は、言うなれば社会からつま弾きにされた、スカーレットやアズマと同じ「はみ出しもの」なのだ。


ブラック企業で心身を追い詰められた者。

毒親に人生を支配された者。

いじめ。

虐待。

差別。

障害。

中には、戦争被害者………おそらく、コハルの用意した資料にあった、大量失踪した疎開民の姿もあった。

いずれも、どういう訳か当時から時間が止まっているらしく、失踪当時と変わらぬ姿でそこにいる。



「自己責任といってこの子達を見捨てるのは簡単です、けれども、それは我々には出来ません………我々は、ずっと昔からそうしてきました、これからも」



つまりここは、そんな人々の………潰されてしまった人々の、最後の楽園。

大人に「させてもらえなかった」子供達に与えられた、永遠にエルフという母親に守られる為の、時間の止まった永久のゆりかご。


そして、アズマもそうした「子供たち」として認識されたのだろう。

普段は結界魔法によって閉じられたこの場所を開き、アズマを招き入れた。


スカーレットとコハルは、その際に間違って連れてきてしまい、更にエルフ達から「外の世界の人間達が子供たちを取り返しにきた」と誤解されてしまい、戦う事になってしまった。

もし、アズマが誤解を解いてくれなければ、どうなっていたか。



「誤解とはいえ暴力を奮ってしまって、すいません………」

「いや、それもだけど………」



攻撃を受けた事もそうではあるが、それ以前にアズマには無視できない事がある。

それは、彼女達をどうするかという事。


どんな理由があろうと、彼等が誘拐をしている事には変わらないし、これからも止めないだろう。

それを見過ごす事が、許されるとは思えない。



「………あのエルフさん、ワタクシ、漫画家をしているのですけれど」



そんなアズマの心配を他所に、コハルがエルフとの間に勝手に話を進める。



「今回の事や貴殿方の事を漫画のネタにしたいのですが、かまいませんこと?」

「………多少のボカシや誤魔化しを入れてくれるなら」

「勿論、それは最低限の礼儀ですわ」



そして、勝手に話を終わらせる。



「スカーレットさん、アズマ君、任務完了クエストクリアですわ、帰りますわよ」

「ちょ、ちょっと待ってください!」



勝手に解決した気になっているコハルを前に、流石にそれはないだろうと止めに入るアズマ。



「あらアズマ君?ワタクシ達の仕事はワタクシの取材の護衛、そして取材は達成されたのですわよ?」

「仕事って………あの人達をこのままにしておいていいんですか!?」



目の前の、エルフの領域に囚われた人々を無視して帰ろうとするコハルが、アズマからは酷く冷徹で薄情に見えたのだろう。



「ではアズマ君は………あの人達を外に引きずり出す事が正しいと?」

「………あっ」



だがコハルの指摘により、自分もまた薄情な事を言っている事に気付いた。


眼前の人々は、人間社会からつま弾きにされて、苦しんだ果てにようやくエルフという安住の地を見つけた。

彼等が生きていける場所は、最早ここ以外にないのだ。

そこから、個人的な道徳観と常識に従って無理やり現世げんじつに引きずり出すというのは、言うなれば呼吸器が必要な病人から呼吸器を取り上げるようなものである。


昔のフィクションの中では、夢を楽しむ人間を辛い現実に引きずり出す事が是とされたらしいが、今は2030年。

ましてや現実に苦しみ尽くした人間から心の拠り所を取り上げる等、悪行以外の何でもない。



「それに………彼等の気持ちは、解るでしょう?貴方なら」



何よりアズマも、本質的にはそんな「子供たち」の一人なのだ。


学校ではいじめられ、家では虐待され。

そんな状況で傷つきながら苦しみ、疲弊していった。

そんな中で心まで死んでゆき、朽ち果てる岳だった所を、スカーレットに救われて今がある。


彼等にとってのエルフが、自分にとってのスカーレットであり、

彼等にとってのこの場所が、自分にとってのはみだしテイカーズなのだ。


それに気付いたアズマは、それ以上何も言わなかった。

自分が、どれだけ酷い事を考えていたか、解ったから。



「では、お話は成立という事で」

「はい、それでは………」



直後、三人の視界がぐにゃあと歪む。

驚き、身を寄せ合うスカーレットとアズマ。

特に動揺を見せないコハル。



「………さようなら、はみだしテイカーズの皆さん、もう会う事もないでしょう………」



脳裏にエルフの声が響いたかと思うと、気がつけば………。






………………






八尺洞窟から出た時には、太陽が沈みかかる逢魔時であり、紫とオレンジの光が八尺坂を照らしていた。

誰かに見つかる前にと、一同は急いでその場を離れる。


あまり、気持ちのいい終わり方とは言えないが、クエストクリアである。



「………本当に、これで良かったのでしょうか」



しかし、アズマの中にはまだひっかかりがあった。

確かに、彼等に対してやれる事など何一つ無いし、そもそもあれで満足しているのだから、手出しをする必要はない。

けれども、人としてエルフ達を放置するべきだったとも、どうしても思えないのだ。



「間違っていたとしても、私達には関係のない事よ」

「スカーレットさんまで………」



そんなアズマを、珍しくスカーレットが嗜める。



「人間、全てを救える訳じゃないわ………手が届かない物は、自分とは関係ない事って切り捨てないと、やってられないわよ」



スカーレットの言葉には、重みがあった。

おそらく、そういった「事例」をいくつか見てきたのだろう。

今度こそ諦めたらしく、アズマはもう、何も言わなかった。


山道を抜け、町に出た時には、太陽は完全に沈みきっていた。

まるで、自分達とエルフの領域が完全に遮断されたと隠喩するかのように、そこには暗い夜が広がっていた。

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