第11話
「いえ………ワタクシ達の勝ち、ですわ」
「はぁ?!何を………」
追い詰められた、誰の目にも見てピンチだと解る状況。
それなのに勝ち誇っているコハルに、スカーレットは突っ込みを入れようとした。
だが、彼女の態度の理由は、すぐに明らかになった。
「………ッ!?」
サーベルを構え、追撃に入ろうとしたエルフ。
だが次の瞬間、その身体はピタリと止まってしまう。
まるで、金縛りにでも逢ったかのように、身体を動かしたくても動けなくなってしまったのだ。
「う………動けない………!?」
完全に予想外の出来事だったらしい。
突如動きを封じられ、狼狽えるエルフ。
拘束魔法でも使ったのでは?とも思うが、それは違う。
スカーレット達にスタン等の拘束魔法を使った形跡もない。
そも、魔術師系の
残り二人も魔法に明るくない
なら、これは一体どういう事なのか。
「………知っての通り、
まるで古いアニメの悪役のように、どや顔で解説を始めるコハル。
彼女の言う通り、
代わりに主装備に加えて、爆弾や罠といった複数の補助装備を使いこなす事で手数を増やし、他系統との力の差をカバーしているのだ。
「だから………代わりに「道具」の扱いには長けてますのよ、ワタクシ」
そう言って、コハルが振り袖部分に隠していた、あるアイテムを見せてきた。
それは。
「アラクネストリングス………!」
「察しが良いですわね、スカーレットさん」
スカーレットは、それを知っていた。
カーボンガントレットの上から、腕時計のように巻かれた補助装備「アラクネストリングス」。
指定した方向に、魔力で構成された糸を発射する、どこぞのアメコミヒーローのそれのような装備。
糸の強度・細さ・長さは調整が可能で、ワイヤートラップの作成等に重宝される。
見ればエルフの周囲に、ピアノ線のような複数の細い糸が照明の光に反射して見えている。
恐らく、先程攻撃していた隙に張り巡らしておいたのだろう。
現実の蛾がそうであるように、エルフはコハルという蜘蛛の張った罠にひっかかり、自由を奪われた。
これなら、攻撃も回避もできない。
そして。
「スカーレットさん、トドメを!」
「言われる間でもないわ!!」
今度は、
「轟剣よ、汝の敵を焼き尽くせ………!」
スカーレットがイフリートを構え、その刀身に手を翳す。
すると、イフリートを魔力が覆ったかと思うと、魔力は炎となり燃え上がる。
それはやがて、この戦場そのものを照らすような巨大な炎の渦となる。
イフリートの名前の由来である、炎の魔神の体を表すかのような。
やがて広がった炎は、イフリートの刀身へと収縮され、炎を秘めた刃は火山の火口のように輝く。
「ぐ………このぉっ………!!」
必死に逃れようと、もがくエルフ。
ブチブチ、と何本か糸が千切れたが、もはや脱出は間に合わない。
「………はぁぁぁっ!!」
と同時に、その炎の刀身を背負って、スカーレットが突撃する。
浮遊魔法の応用と、炎を操って産み出した気流を利用し、真っ直ぐに。
抵抗するエルフは、一撃が炸裂する寸前、スカーレットと目が合った。
その、炎のように怒りを燃やした瞳は、ただ一つの意思で動いていた。
「アズマ君を返せ」、と。
「サラマンダーバイトォォ!!!」
炸裂する怒りの一閃・サラマンダーバイト。
瞬間、圧縮した炎のエネルギーを解放。
刀身から解き放たれた炎は、エルフの身体から縦一文字に燃え上がる。
ずどぉぉぉん!!
爆発。
それは周囲の畳を吹き飛ばし、天井さえも抉り、照明をいくつか破壊する。
パラパラと、破壊された部屋の残骸が落ちる中、背後で見ていたコハルは、その出鱈目な破壊力に呆然としていた。
「………ただでさえ高威力の一撃が、愛する人への想いと、それを奪った相手への怒りで、さらに倍増した………って所ですわね」
冷静に分析しつつ、スカーレットの隠しきれない愛情を冷やかすコハル。
解放された炎は爆発となり、エルフごと部屋の一角を粉々に吹き飛ばす。
それを背景に立つスカーレットを、ドローンのカメラは、まるで90年代のロボットアニメの一場面のように写し出す。
最後にぶしゅう、と、赤熱を解いたイフリートから、排熱の為に白い蒸気が噴出された。
「どうよ………ッ!」
そして、エルフのいる方向を振り向くスカーレット。
あの、強化されたサラマンダーバイトの一撃を食らえば、いくらエルフといえどもタダでは済まないハズだ。
そう思った。
だが。
「………えッ!?」
「嘘ぉ………?!」
二人は驚愕した。
爆煙が晴れた先にいたのは、チリチリと燃える部屋の真ん中で、あの一撃を受けても元の形を………いや、それどころか、ヨロヨロと立ち上がるエルフ。
焼け落ちた巫女服の合間から、酷い火傷を負った皮膚や、焦げた体毛が見える。
威力の倍増したサラマンダーバイトを受けて生きている。
だが、無事ではない事も確かなようだ。
それなのに。
「行かせ………ない」
落としてしまったサーベルを再び拾い、震える手で突きつける。
「ここから………先へは………行かせ………ない………!!」
なんと、エルフはまだ戦うつもりでいるのだ。
大ダメージを負っているのは目に見えて明らかだし、勝ち目もないのに。
そしてその状況は、スカーレット達からすれば有利な事に他ならない。
「まだやるつもり?!だったら………!」
「今度こそ標本にしてあげますわ!」
まだ戦うつもりなら、次で完全にトドメを刺してやろう。
と、 イフリートを構え、睨み付けるスカーレット。
対して不謹慎にも状況を楽しんでいるのか、不敵に笑うコハル。
戦いの第二ラウンドが始まろうとしていたが、それは予期せぬ乱入者によって未遂に終わる事となった。
「待って!やめてッ!!」
「!?」
突然、エルフの前に駈けてきた一人の影。
その、エルフを庇うように立つ姿を見て、スカーレットは驚いた。
そこに現れたのは、今まさに自分が助け出そうとしている相手………
「アズマ君?!」
「この人達は、悪いモンスターじゃないんです!だから、武器を下ろしてください!!」
それだけでなく、なんとエルフを庇うような事をしているではないか。
もしや、エルフに何か変な事を吹き込まれたり、洗脳に近い事でもされたのではないか?という考えがスカーレットの頭を過ったが、それはすぐに否定される事となった。
「す、スカーレットさん!あれをッ!!」
コハルが叫んだ。
その、視線の先には。
その先は、おそらくアズマが飛び出してきたのであろう、開け放たれた襖の奥。
そこには、先程まで戦っていたエルフの同族たる、平安貴族を連想させる着物に身を包んだ、何人ものエルフ。
そして、その傍らに立つ何人もの子供達、数人の大人がいた。
人々の顔は、スカーレットにもコハルにも見覚えがあった。
エルフの側にいたのは、手配書に記されていた行方不明になった子供達だったのだ。
どの顔も、張り紙で見た顔だ。
普通なら、やはり一連の行方不明事件の裏には八尺坂の妖怪=エルフが裏に潜んでいたと考えるだろう。
いや、この光景からしてエルフが黒幕である事は間違いない。
しかし、妙な点があった。
誘拐の被害者であろう人々は、エルフの側に寄り添い、まるで怯えるような表情でこちらを見ている。
エルフも、そんな人々を守るように、攻撃的な視線でこちらを睨んでいる。
どう見ても、誘拐犯と被害者のそれではない。
強いて近いものを挙げるとすれば、母親と幼子のそれだ。
「………武器を納めてください、お願いします」
「………アズマ君が言うなら、そうするわ」
アズマの懇願もあり、スカーレットは構えていたイフリートの切っ先を下ろす。
「構わないわね、漫画家さん」
「ええ………どうやら、ただの誘拐とは違うようですしね」
コハルもまた、ダゴンとハイドラの銃口を下ろし、敵意がない事をアピールする。
最後に、眼前のエルフがサーベルを下ろした事で、その場における両者の和平はなんとか成立した。
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