第10話
遡ること、2012年の6月14日。
ニューギニアの奥地にある遺跡、あるモンスターのミイラが発見された。
全体的なシルエットこそ人間に似ていたが、細部を見ていくと昆虫………特に、蝶や蛾といった鱗翅目の特性を持つという、奇妙な姿をしていた。
普通なら、蝶や蛾に該当する生物が異世界で進化したと考える所だが、奇妙な点がいくつもあった。
まず、その甲殻と体毛に包まれた身体には、人間のそれによく似たカルシウムの骨格があった。
普通、脊椎動物ではない昆虫には骨格がない。
収縮進化でそうなったと考えても、ここまで似るとは思えない。
第二に、口の形。
蝶のようなストロー型や、昆虫には一般的な横開きのそれと違い、人間のような縦に開く顎を持っていたのだ。
調査の結果、人間のように下顎を動かす生物である事も判明した。
言うなれば、それは昆虫人間。
SF物の創作物に出てくる宇宙人や、特撮テレビ番組の「お面ライダー」に代表されるような改造人間のような特徴を持っていた。
少なくとも、生物が自然に進化していってこのような形になるハズがない。
これらの特徴から、学会はある仮説を立てた。
異世界に、地球のそれよりも優れた魔力文明がある事は、数々のマジックアイテムを見れば解る。
このモンスターは、自然に発生した生物でなく、その魔力文明が人為的に作り出した、いわば「人造モンスター」なのではないか?
という説だ。
触覚が横に伸びた様が、まるでファンタジー物の亜人種に見えた事から、そのモンスターは「エルフ」と呼ばれる事になった。
異世界文明に対する研究が進むと期待を呼んだが、これ以降エルフの生体所か、同じようなミイラや痕跡すら見つからず、未だに研究は進んでいない。
名前の元となった美しい妖精のように、モンスター・エルフもまた、未だに神秘のヴェールに包まれているのである………。
………………
その外見から、スカーレットにはそれがエルフであるという事がすぐに解った。
資料に載っているミイラの写真でしか実物を見た事はないが、ネットに挙がっていた生前を予想したイラストと大差ない姿だった為、あれがエルフだと直ぐに解った。
言う間でもなくエルフの生体を見つけるというのは、歴史的発見である。
可能なら、捕獲して連れ帰りたい所だが。
「………立ち去りなさい、ここから先へは通しません」
エルフが、その巫女服の袖から剣を取り出す。
中国の古い刀を思わせる、飾りのついた美しいサーベルだ。
どうやら、相手のエルフは戦うつもりらしい。
無傷での捕獲は難しそうだ。
「あら………やる気みたいですわね」
「不本意でしょうけど、協力してもらうわよ、漫画家さん」
「言う間でもありませんわ」
イフリートを構えるスカーレット。
ダゴンとハイドラを構えるコハル。
こちらも、来るなら来いと姿勢で答える。
そも、スカーレットはあのエルフを殺す事になろうとも、それで失われる学術的なあれこれなど、どうでもいい。
それと天秤にかけて傾くものは、あれを倒して押し通る事でしか得られないのだから。
「さあ………燃やすわよ!!」
だんっ!!
と、
相手はただ一つ、眼前のエルフのみ。
「ッ!!」
エルフもまた、迫り来る相手を迎撃せんと突撃する。
そして、広大な和室の中央で、まずスカーレットの一刃とエルフの剣撃がぶつかった!
ドォンッ!!
轟音と共に衝撃波が広がる。
エルフの持つ剣は薄い刃であるにも関わらず、スカーレットの身の丈程もある
なんという強度、そしてなんというエルフの筋力なのだろうか。
ジンジンと腕が痺れるが、スカーレットには休んでいる暇も痛がる暇もない。
「はあっ!!」
「ふんっ!!」
スカーレットが次の刃を叩き込むと同時に、エルフもまた次の刃を叩き込む。
と、同時に、コハルがエルフの背後に回っていた。
「(そこ………ッ!)」
燃えやすいであろうエルフの髪を狙い、ダゴンから火属性の弾丸を叩き込もうとする。
だが、それより早く、エルフのもう片方の手が動いた。
こちらすら見ていないのに、まるで背中にも目があるかのように、エルフの手が背後に回ったコハルの方を向く。
「(嘘ッ!?)」
コハルが目を見開くと同時に、エルフの掌から魔方陣が出現。
直後、魔力の光が放たれた。
………どごぉん!!
「うぐっ………!!」
咄嗟にステップを踏み避けようとしたが、放たれた攻撃魔法はコハルを直撃。
ダメージこそ軽減したが、コハルは吹き飛ばされる。
「きゃ………っ!」
スカーレットの方も、次々と叩き込まれるエルフの剣撃に、次第に押されてゆく。
モンスターである事を考えても、エルフの剣撃は異常であった。
一撃一撃がとてつもなく重く、それでいて素早い。
スカーレットも、何人ものテイカーと鍛練の為に戦った事があったが、どれもこれもエルフと比べれば赤子レベルに思えた。
「この………この………この………ッ!!」
コハルもまた、周囲を飛び回りながらダゴンとハイドラによる銃撃を続ける。
しかし、エルフはその全てを空いた片手による、小規模の防御魔法………手で持てる小盾程の魔力防壁で、防ぎきってみせていた。
コハルがどこに弾丸を撃ち込もうとも、正確にそこに魔力防壁を持ってくるのだ。
まるで、トップクラスのテイカーの戦闘データを何度も学習させた、高性能AIのように。
「ふんっ!」
ガキンッッ!!
「くうっ!!」
そして、次に繰り出されたサーベルによる突きで、スカーレットは後ろに大きく吹き飛ばされる。
咄嗟にイフリートを構えて盾にしたので、その時はスカーレットには大したダメージはなかった。
問題は、この後である。
しゅるんっ!
と、先程まで防御魔法を展開していたエルフの片手から、魔力防壁が消え、代わりに魔力の鎖が伸びた。
それは蛇体か触手のように舞い、一瞬の隙をついてコハルに巻き付いた。
「ちょ………ッ!?」
振り払おうとするも、すごい力だ。
魔力の鎖は捕らえたコハルをぶぉんっ!!と振るい、吹き飛ばされたスカーレットに向けて追い討ちと言わんばかりに投げつけた!
「嘘ッ………くううっ!?」
「かはあっ!?」
スカーレットに、投げつけられたコハルが激突!
そのまま両者は、大きく後ろへと吹き飛ばされ、背後の襖に激突!
どごぉぉん!!と、土煙が舞う。
どういう訳か、襖には傷一つついていないが、代わりに下の畳が抉れていた。
やはり、ここは普通の場所ではないようだ。
「けほっ、けほっ………なんて奴よ、あいつ………!」
スカーレットは、改めて眼前のエルフに恐怖していた。
背丈や体格は、テイカー所かそこら辺にいる普通の少女その物であり、サーベルや巫女服にテイカー装備としての機能があるとも思えない。
だがエルフは、その薄く小さなサーベルでイフリートの一撃を受け止め、杖も詠唱も無しに魔法を発動させた。
人間の目線からすればあり得ない事の連続であるが………あれが、異世界の普通。
遺伝子レベルで魔力の扱いに慣れた存在からすれば、出来て当然の事なのだろう。
「立ち去りなさい、さもなくば………!」
エルフが再びサーベルを構える。
トドメを刺すつもりか、と、身構えるスカーレット。
だが、その一方で。
「いや………ワタクシ達の勝ち、ですわ」
「はぁ?!何を………」
コハルは、まるで勝利を確信したかのように、不敵な笑みを浮かべていた。
こんな状況で何を言っているのか、とスカーレットは突っ込もうとしたが、答えはすぐに解る事となった。
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