エピローグ

日が昇る。

それは、三人の契約の満了も意味していた。



「護衛任務ありがとう、これでいい漫画が描けますわ」

「こちらこそ、素敵な報酬をどうもありがとう」



護衛任務を終え、スカーレットとアズマはコハルから報酬を頂いた。

これさえあれば、しばらくは生活できるだろう。

そして………コハルとの関係もこれでおしまいだ。



「ねえ、アズマくん」

「な、なんでしょう………」



別れ際、コハルは小さなアズマに視線を合わせ、語り欠ける。

身を屈ませた事で、ただでさえ大きな乳房の長い谷間が強調され、アズマは赤面してドキマギしてしまう。


そして、それを見たスカーレットが少々ムッとしている事を確認すると、コハルはベールの奥でニヤリと笑った。



「いくらワタクシが綺麗でも、浮気はいけませんわよ?あなたの本命は隣のお師匠さんでしょう?」

「えっ!?」

「なっ?!」



突然の爆弾発言。

ぎょっ!と目を見開いて顔を赤くするはみだしテイカーズの二人を前に、コハルはクスクスと少女のように笑いながら、ホテルから去っていった。



「それでははみだしテイカーズのお二人さん、よい旅を!」



手を振り、朝の光の中に消えてゆくコハルを見送る二人。

最後まで不思議な人だったな、と、二人の瞳が語っていた。






………………






はみだしテイカーズの二人も、ホテルをチェックアウトし、駅を目指して歩く。

電車ももう動いており、ようやく予定通りの旅のルートへと戻れる。


そんな中、二人が気になったのは、コハルの言葉。

あなたの本命は隣のお師匠さんでしょう?という、まるで二人の関係を見透かしたような台詞。


………二人があの日肉体的な関係を持った事。

そしてその後も実は何度か身体を重ねていた事は、司法社会の今世においては決して他言されてはならない絶対の秘密である。


それだけのハズ………なのだが。

スカーレットは、生物的に仕方ないとしても、アズマが自分以外の女に劣情を向けていた事が、やけに気に入らなかった。

アズマは、生物的に仕方ないとしても、スカーレット以外の女に性欲を向けてしまった事を、酷く申し訳なく思っていた。


ミーン、ミーン、とうだるような暑さをセミの声が煽る中、二人の間には極限までに気まずい空気が流れていた。

そして。



「………アズマ君」

「な、なんです………?」



沈黙を破ったのはスカーレット。

そして、再びの沈黙を置いて。



「………ふんっ!」

「わぶっ?!」



いきなりアズマの手を掴むと、自身の開いた胸の谷間に向けてずるんっ!と、突っ込んだ。

彼女のチョコレート色の乳房の谷間は、彼女のかいた汗でヌルンヌルンとしていた。



「ス、ス、ススススカーレットさん何をぉ?!?!」



突然の奇行に、アズマは目を白黒させて慌てふためく。

が、その一方でスカーレットの表情は、真剣シリアスその物であり、行動とのギャップがあまりにも激しい。



「いい?アズマ君、あなたのおっぱいはこれよ」

「はい………?」



だが言動は、滅茶苦茶とも取れた。

少なくともスカーレットは、真剣な顔でこんな事を言う人間ではない為、まるで暑さで頭がおかしくなってしまったのでは?と思う読者も多いだろう。



「あなたが揉んでいいのも、しゃぶっていいのも、私のおっぱいだけよ」

「は、はい………」

「誰も見てない所なら好きにさせてあげる、その代わり、他人のおっぱいにそういう感情は向けちゃダメ、わかった?」

「………はい」



だが残念な事に、今のスカーレットは正気だ。

子供の悪戯を諌めるようでありながら、言っている事は「私にだけ性欲を向けろ」という、いわゆる「ダーリン浮気は許さないっちゃ」と同じ意味の言葉だ。

それでも、今のスカーレットは正気だ。

正気な分、自分のやっている事の異常性に気づいていないからタチが悪い。


………自分の中にある、アズマに対する感情。

親愛や友愛、パーティーの仲間やテイカーの師弟異常に大きな感情にも、気づいていないのだ。

無論、恋愛に関してはそれなりに場数は踏んでいるものの、まさか子供であるアズマにそういう感情を向けているとは、彼女は夢にも思わないのだ。





………………





しばらく歩き続け、再び二人はサトーダイヤモンドーの前にきた。

そういえば、コハルと会ったのもここだなと。

そんなノスタルジーにも似た感情が、二人に沸いてくる。

そして。



「おねがいします………どうか息子を………おねがいします………」



年老いた、夫婦と思しき二人の男女。

その周囲に、おそらくボランティアか何かと思われる集団が立ち、通行人に対して手配書を配っていた。

あの時もいた、行方不明になった自分達の息子をである「金供兵カナゾエ・ツヨシ」を探している夫婦だ。


そして………アズマもスカーレットも、あのエルフの領域でそのカナゾエ少年に会っている。


手配書には、クラブ活動か何かで笑顔で笑うカナゾエ少年が記されていた。

だが、エルフの領域で見た彼の顔はひどく暗く、袋の合間からは痣や傷が見え、怯えるようにエルフに抱きついていた。


………それが、どういう事を意味しているかはアズマにもスカーレットにも解る。


初めて見た時は我が子を心配するいい親に見えた。

だが真実を知ってしまえば、その悲痛な表情もただの被害者面と自己陶酔にしか見えないし、それに虐げた子供を利用している様も軽蔑してしまう。

あそこにあるのは、欺瞞でしかない。



「………あの人達は、これからも待ち続けるのでしょうか、ツヨシ君が帰ってくるのを………それとも、それがあの人達の望みなのでしょうか………」

「さあね………でもどっち道、私達には関係のない話よ」



とはいえ、これ以上詮索する必要もない。

あの老夫婦がどうなろうと、アズマにもスカーレットにも関係はない。



………きっと、アズマとスカーレットが八尺坂の名を忘れたとしても、エルフ達はつま弾きにされた「子供達」を迎え入れ、行方不明者を増やしてゆくのだろう。


電車の中で見た、遠ざかってゆく八尺坂駅が、そのうだるような暑い夏の、凍える程に悲しい怪奇の物語の終わりを告げているように、二人は感じた。



2030年の、夏の話。

怪異の物語は終わり、はみだしテイカーズの冒険はまだまだ続く。

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